第12話「陽光の女(前編)」

  

 カルマンの遺跡とは、街より約半日離れた場所にある古代の遺跡である。


「だけど、古代と言ってもそこまで古くはないんだよな……」


 どうもアシュが見たところ、本当の古の遺跡の上、そこに昔の王朝が何かしらを増設して「造られて」いるのが、このカルマンという遺跡の全貌らしい。


「さて……」


 未だ天に日が昇っているが、それでも早い内に夜営の準備を行うアシュ。魔術師協会から購入した「防護陣」を描くための時間が欲しいのだ。


「しかし今日は冒険者も、ご同業も少ないな」


 それが良い事なのか、悪い事なのかは一概には判断が難しい。


「野生の獣や魔物は寄り付かなくなるが、その分人間に注意を払わなくてはいけねぇ……」


 アシュの独り言の通り、人間の姿が多ければ多いほど魔物などに対する注意は払わなくてすむようになるが、その分同業者相手の注意が必要だ。しかし、どちらにしろ。


「こんなに人の姿が少ないこの道は、珍しい事だ……」


 盛況な時では、人がごった返すどころか得体の知れない行商人が様々な品々を売っている事すらあるというのにだ。


「まあ、いい……」


 防御陣、エリア内に敵意ある獣等が入り込んだら警報が鳴り、即座にその陣の「主人」が目を覚ますという魔法の道具、チョーク状のそれを地面にと曳き終わったアシュは。


 ガッ、カァ……


 火打ち石と打ち金を使っておが屑にと火種を作り、薄い煙が立ち上ぼり始めたらそれをバックラーを使い、風からカバーしてやる。


「……」


 その間にアシュは考え事をしながらスープの具、乾燥した魚身を小型鍋にと入れ、萎びたタマネギを薄くダガーで切る。


「第三階層か……」


 バックラーで遮った火種から煙が増してきた為、アシュはあらかじめ用意してあった枯れ枝をその火種の横にとそっと置く。


「俺に勇気を出せっていうのか、あの二人は……」


 とは言っても、命あっての物種というではないか、そう胸の内で呟きながら、アシュは鉄の棒を利用して作り上げたコンロの上にスープの鍋を引っ掛ける。あとは火種が強くなるのを待つだけだ。




――――――




「なぜ、今回は」


 ここ最近に何回か通いなれた、遺跡の第一階層。その微かに天井の隙間から朝の光が差し込む中、アシュはぐるりと辺りを見渡す。


「こんなにも、心細いのだろうな?」


 ランヴァーにもルーシーにも黙って訪れた第一階層、別に彼ら二人に許可など求めなくても勝手に来ていいのだが、アシュには何か妙な後ろめたさがあるのだ。


「あんな話をした後だし、それに……」


 恐らくは目的も無しに遺跡に、一人で訪れたからだ。死体からの「漁り」を目的としている時ではこうはいかない。迷っているよりもターゲットを探している。


「人は少ないな」


 一時的にはこの階層にも冒険者と、それを獲物にする死体漁りが繁盛していたが、今は閑散としたものだ。


「そうだ……」


 ふと、あることが思い立ったアシュは、腰の呪われたレイピアの様子を確かめながら、ある場所にと向かう。


「この広間を真横に行き、この階段を降りて……」


 そうして行き着いた先は、以前グール達に襲われた場所、ランヴァーとルーシーと共に戦い、あの生意気な女僧侶「ヘレン」達にと助けられた通路だ。


「死体が見当たらない、骨だけだ」


 と、いうことは恐らく死んだ冒険者達の遺体は、教会の僧侶達が埋葬したか、あるいはグール達に食べ尽くされてしまったかのどちらかだ。


「この先、何があるのだろう……?」


 宝物などは期待していない、あくまでも今回の探索は、完全な好奇心が赴くままの事だ。


「……」


 そのまま、辺りへの注意は怠らないまでもやや早足で通路を進むアシュ。今の所、特には異常は見当たらない。


 パァ……


 その通路を抜けた先には、広大なすり鉢状の広間、ちょうど街にとあるコロシアムに似ている。


「光が強いな……」


 崩れかれた天井からの光だけではない、おそらくはどこかに光源があるのだ。


「ふむ……」


 その「コロシアム」を注意深く降りてみると、あちらこちらに開いたままの宝箱が散乱している。冒険者達が開けたのであろう。


「……」


 来てはみたものの、まさしくやることはない。弱い魔物でも出てこないかと、常なら考えもしない事をアシュは思う。


「トラブルは、ないほうが良い……」


 それは死体漁りとしては当然の考えであるが、今の彼アシュは何か、矛盾をした感情に捕らわれている。


「ふん……」


 火でも焚いて魔物を誘き寄せようか、何か自分が危険な思考に陥っている事を感じつつ、アシュは。


「帰るかな……」


 今度は常の、死体漁りとしての考えである「ネタ」が落ちていないかどうかという思考にと、その頭が移った。


「……の男よ」

「あん?」

「そこな男よ」


 その時、アシュの目前へ忽然と。


「金剛石に選ばれし男よ」


 淡いオレンジ色の衣服、豪奢な法衣にも似たそれに身を包んだ、一人の女がその姿を現す。

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