第11話「悪しき噂」

  

「どうせこれ、ゴブリン連中が身に着けていた奴だろう?」

「それでも、使えることは使えるぜ、旦那?」


 だが、そのアシュの言葉には夕闇の中、防具商人は渋い顔をするのみである。


「いくら防具が欲しくても、金なしの連中だっているだろうに?」

「そんな新米みたいな奴でも、ゴブリンの獣皮鎧は好まないねぇ……」


 ゴブリンはあまり武器防具に手入れをしない。人間から奪った品物はともかく、自作した防具などは適当に作って、それでおしまいなのだ。


「ま、この金額でどうだ?」

「タダ同然じゃねえかよ!?」

「いやなら、他をあたりな」


 計算道具の「玉」を弾きながら、その防具商人はヤレヤレといった風に軽く頭を振ってみせる。


「どっちにしろ、ゴブリンの皮鎧などはまともな冒険者なら、身に着けないぜ?」

「チッ……」


 アシュにとっては不服ではあるが、その防具商人が言っていることは正論であるし、もうこの臭い皮の鎧を背負って街中を歩きたくない。


「棄てたほうがましかねぇ……」


 以前の墓場探索の時の同業者、そして老魔術師が率いていた同業者の防具はそれなりの値段を提示された。それが故に言い値で売り払ったのだが、さすがにそう旨い話は続かないようだ。


「ほら、アシュ」

「はいよ……」


 その商人から銀貨一、二枚と銅貨数枚を手渡されたアシュは。


 コォン……


「ルーシーたちは、ちゃんと武器を売りさばいているだろうな……?」


 夜を知らせる鐘の音を聞きながら、昇り始めた月へとその視線を向ける。




――――――




「結局、お前達の方でも武器は上手く捌けなかったか」

「それどころか、アシュ」


 不満顔でエール酒を飲み続けるルーシーは、ちらりとランヴァーの顔を見やりつつに。


「あたし達、変な噂が立っているわよ」

「変な噂?」

「冒険者を食い物にしている、ハイエナって事」

「お前がそう仕向けたんだろうに……」

「フン……」


 もっとも、アシュにはルーシーを責める気にはあまりなれない。どうも彼女には娼館に借金があるが故に、なりふり構っていられないようだ。


「小剣五本に、大型フレイルが一つ」

「ゴブリンが使っていた手斧やダガーは省略しているな」

「ああ、錆びすぎていて買値がつかなかった」


 今日はランヴァーも普段着であり、無論に剣も持っていない。その姿のままチビチビと酒をあおりつつ。


「ハーフスピア一本にスローダガーが数本、あとは長剣がそれなりの値で売れた」

「バックラーやラウンドシールドは?」

「損傷が激しくてな、あまり良い値ではない」


 どうもこの三人の収支報告は全体的に見て、あまりかんばしいとは言えない。ここ数日結構な労力を費やしたが、それに似合う収入ではないのだ。


「どうだい、お前達?」

「何がだ、ランヴァー?」


 獣脂で作られたロウソクが鼻に付く臭いを発し、その臭いと共に薄い黒煙が辺りを舞う酒場。


「……みないか?」

「何だ、聴こえないぞランヴァー?」


 ヒソヒソと話をしているのはアシュ達だけではない。向かいの席の屈強な大男は何やら酒に酔った勢いで妙な歌をがなりたてている。それが故に他の客も声が小さくなる。


「第三階層、行ってみないか?」

「あのね、ランヴァー……」


 そのランヴァーの提案、それにはルーシーの方が渋い表情をその面に浮かべた。


「あたしは、まだ死にたくないんだけど?」

「でもな、俺達に対する変な噂、それが何かおおごとにならなければいいけどな」

「……」


 ルーシーを黙らせたランヴァーのその台詞、それは何か妙な説得力があった。


「やっかみの話を言っているんだ、俺は」


 同じ「ハイエナ」共、そしてある意味真っ当に遺跡を探索している連中にとって、自分達は楽して儲けている、そう思われているとランヴァーは言っているのだ。


「第三階層ねぇ……」


 昔、アシュが命からがら逃げ帰ってきた場所、そこで出会った魔物の恐怖は今でも思い出せる。


「挑むには、三人じゃ不安じゃない?」

「行く気になったか、ルーシー?」

「いわゆる勇気というものを見せれば、回りの人間があたし達を見る目も違ってくるってもんよ……」


 話の内容はともかく、どうやらルーシーも第三階層、熱気とマグマが支配するその階層へと行く気になっている様子だ。


「全く……」

「お前はどうする、アシュ」

「行かねぇよ」


 ガタァ……


「お、おいアシュ!?」

「死ぬなら、お前達だけにしてくれ」


 そう、吐き捨てるように言うとアシュは酒場の喧騒を後にしながら、そのままフラリとランヴァー達にと背を向けた。




――――――




「よお、アシュ……」


 暗い夜道を歩いていると、一つの曲がり角から「同業者」がその姿を現す。


「最近稼いでいるみたいだな、え?」

「お前には関係ないだろう」

「羽振りが良くて、良かったことで……」


 だが、その酒に酔っている様子の男の声には、確かにランヴァーが言っていた通りの。


「せいぜい、夜道には気を付けな……」


 やっかみ、それがあった。

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