第10話「カモが戦利品を背負ってくる」

  

 それと共に、ランヴァーとアシュもその手に持つ得物を一斉に「敵」へと向かって突きつける。完全な条件反射、身体に染み付いた感覚が成せる技だ。


「あの矢が、どこの誰だかしらねぇが!!」


 そのランヴァーの大剣、両手剣が相手の重装戦士のチェイン・メイルを強く突いた。


「くそ!!」


 相手の戦士は悪態を付きながらも、それでも傷を負った苦痛に負けることなくランヴァーにとフレイル、両手持ちの大殻竿を振り上げた。いくら魔法の剣であり重量が軽いとはいえ、もともと大剣は突くことを念頭に作られてはいない。ランヴァーほどの剣士が使える、一種の奇策だ。


「でやぁ!!」


 その合間を縫ってアシュは呪いのレイピア、結局はその鋭い切れ味に頼ってしまうその細剣で、そのデニムとかいう老魔法使いの身体を貫こうと試みる。


「おのれ!!」


 老魔法使いデニムが、触媒を手にしながら唱える防御魔法、それが発動される姿をその目で見たアシュは。


 ギィン……!!


「やはり来たか!!」


 再度の闇からの矢弾、それがもう一人の男の頭をかすめると同時に、その古びた布鎧を身に付けた女に向かってレイピアの切っ先を即座に変える。魔術師への攻撃はフェイントだ。


 グゥ……!!


 そのアシュのレイピアは鈍く光りながら、布鎧の女の胸を一気に貫いた。


「ぐぁ……!!」

「悪いな、嬢ちゃん……」


 痙攣をし、その手から短槍を落とす女を一瞥したアシュ、彼がその視線を揺らすと。


「こっちも上がりだぜ、アシュに……」


 チェインメイルの戦士を切り捨てたランヴァーの浮かべる笑みとは対照的な、老魔術師の引きつった顔。そして。


「そっから出てこいよ、ルーシー」

「解っていたか、ランヴァー」


 クロスボウを構えたままのルーシーが、どこか意地の悪い笑みを浮かべていた。




――――――




「このデニムのジイサンに」


 ランヴァーが死んだ女戦士から取り上げた短槍、それの柄で縛り上げられたデニム魔術師の脚の辺りを撫でながら。


「俺達の戦利品、それの隠し場所を教えたのはお前だな、ルーシー?」

「どうかしらね、ランヴァー?」

「何が狙いだった?」

「決まっているじゃない」


 皮のフードを脱ぎ捨て、その栗色の髪をかき上げたルーシーは、その胸に手をやりながら不敵に微笑む。


「報酬を増やすためよ……」

「こいつらの」


 そう言いながらアシュは縛られている老魔術師、そして地に伏している死体達にと、その手に持つレイピアの切っ先を向ける。


「身ぐるみを剥ぐためか」

「ほんの臨時収入じゃない、アシュ?」

「それで俺達をダシにしゃ、訳がねえ……」


 しかし、その艶然と微笑むルーシーのやり口には、彼女と「生き方」が似ているアシュにとっては感心すべき所だ。


「くそ、おのれ……」

「おい、デニムのじいさん」

「ランヴァー、ワシを助けてくれ」

「あのな……」


 その図々しい魔術師の言葉、しかしランヴァーは怒った風でもなく、そのまましばし無言で何かを考えている。


「なあ、アシュ」

「何だ、ランヴァー」

「このじいさん、許してくれねぇか?」

「おいおい……」

「根は悪い人間じゃないんだよ、なあ」


 そうは言われても脅された身であるアシュとしては、おいそれとその言葉を承諾することは出来ない。


「頼むよ、アシュ」

「お前、甘くないかランヴァー?」

「そりゃ、そうだけどよ……」


 やはり、このランヴァーは性根が腐りきった人間ではない。そういう所がアシュやルーシーとは決定的に違うところだ。


「頼む、若いの……」

「……」


 そう懇願されては、アシュとしても殺すのにためらいが生まれてしまう。


「ン……」


 少しの間考えた末に、アシュは。


「ランヴァー、分け前は俺が多く貰うぞ?」

「それで納得してくれるか、アシュ?」

「まあ、良いだろう……」


 何か、その言葉にルーシーの奴が顔色を変えたがアシュは気にせずに。


「まずは、この女の財布から……」


 死体達に対する、物色を始めた。




――――――




「ほら、これが今回の仕送り分だ」

「あのよ、アシュ」

「何だ?」


 定期馬車、故郷の村へと立ち寄ってくれる馬車隊に幾ばくかの金袋を手渡しながら、アシュはその御者の言葉を聞く。


「何かあったのか?」

「どうも今回の凶作、かなり深刻らしいぜ」

「へえ……」

「あちこちで、奴隷商人も暗躍しているとの噂だ」

「なるほど……」


 凶作、そして戦争続き。あまりこの国にとっていい風向きではないようだ。


「その分、カルマンやドーバンの遺跡からの発掘品、それの輸出に国が頼っている面があると、オラは聞いている」

「かと、いってもなあ……」

「別にオラはお前さんに良いモンを発掘しろとは言ってねえ」

「やりたくても出来ねぇよ、俺の実力では」


 しかし、最近死体漁りだけではなくそれなりの実戦も積んでいるため、少しは昔の勘。


――遺跡から数えきれない宝物を発掘し、世界一の金持ちになるんだ――


 少年の頃の夢を持ち続けていた時の、自らを鍛えていた頃の力が蘇り始めているのかもしれないと、アシュは自らの事をそう思ってしまう。


「ま、とにかく」

「ああ、任せてくれって、アシュ」


 散々に文句を言っていたルーシーをなだめながら受け取った品々、以前に女僧侶と共に遺跡に潜った時の物も含めては、かなりの品数となった戦利品を「ある程度の数まで」言い値で売り払って手に入れたその金を御者に手渡しながら。


「ネコババするんじゃねえぞ!!」

「したくてもできねぇ、信用第一だ!!」


 アシュは、馬車隊が城塞都市の門から出ていく姿を、朝日の中で実と見守る。

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