第9話「疑いの輪」
「おい、報酬が少ないぞ?」
「当たり前よ」
先に交わした契約では、この約三割ほどは報酬が上であった。その事にアシュは金を持ってきた女僧侶ヘレンにと文句を言う。
「私を見捨てて、逃げたんだから」
「見捨てた訳じゃない、引いたんだ」
「そういう詭弁、私は凄く許せないのよ」
「チッ……」
しかし、それでも逃げる時に彼女と歩幅を合わす事となったランヴァー、彼への報酬は額面通りだった事を見るに、この女僧侶は「誠実」な人間なのだろう。
「腹の立つ女だ……」
「何か言った、アシュ?」
「何でもありませんよ、ヘレンさん」
そしてその誠実、それはアシュ達の辞書には無い言葉だ。
「まあいい、それよりも」
「私への用件はそれだけかしら?」
「ああ、もういいぞ」
そう言いながら、手をヒラヒラされて犬でも払うかのようなアシュの態度にまたも顔をしかめたヘレンであるが、特に何も言わずにその場を立ち去っていく。
「第二階層へ降りるの、どうしようかな……」
ゴブリン達から奪った品物、そして第二階層での同業者やら何やらから手に入れた品は、その階層の中の場所にちゃんと見つからないように隠してはあるが。
「一人では厳しい、それに」
もともとランヴァーやルーシー達にも分け前を与えるべき品物なのだ。ここで彼アシュが独り占めをして、彼らとの縁を完全に切ってしまうのは得策ではない。
「やはり、ルーシーたちとかな?」
――――――
「よお、来たか裏切り者」
「言ってくれるじゃねえか、ランヴァーさんよ」
「そうだろ?」
「違いはない」
とはいえ、こうやって酒を一杯おごってくれるという事は、その言葉通りに彼の言葉を、真に受ける必要はないということだ。
「その呪いのレイピアか、未だに呪いを解いていないのか?」
「ああ、まあな……」
今回の報酬、それに加えて今までの蓄えから呪いを解けるだけの金はあるのだが。
「少し、もったいなく感じてな」
「女遊びもせず、その為に今まで節制してきたんじゃないか?」
「まあ、そうだが」
呪いの道具というものは解呪するとその場で破壊されてしまう事が多く、それはこの高品質なレイピアを失ってしまう事につながる。
「ルーシーは、このレイピアはくれてやるとは言っていたがな」
「ああそう、そのルーシーだが」
「何だ?」
「なにかさあ……」
そう、酒のツマミを口にと挟みつつランヴァーはどこか歯切れの悪い口調で。
「俺達を出し抜こうとしているみたいだぜ」
「どういう意味だ?」
「つまりだ、この前の時の戦利品の隠し場所……」
少し、暗い顔をしながらそう呟き続ける。
「そこを、独り占めしようとしているらしい」
――――――
「なあ、ランヴァー」
「……ん?」
まずはゴブリンから奪い取った武具、それらは完全に全て、何者かに奪い取られている。
「何だ、アシュ?」
「お前、ルーシーの事はどう思う?」
「どうもこうも……」
そのアシュの質問に苦笑しながら、ランヴァーはその大剣の剣先で襤褸鎧、恐らくは持って帰る価値もないと判断したと思われる獣皮の鎧を軽くつつく。
「俺達の品を奪い取った奴という意味か?」
「ちがうな、つるむ相手としてだ」
「さぁてな……」
少しの間嘆息しながら、ランヴァーはその背に大剣を背負いつつに。
「どちらにしろ、真っ当な冒険者を目指しているとならば、仲間は必要だ」
「真っ当な冒険者か……」
何か、アシュにとっては耳の痛い話である。その話を最後に無言のまま、二人は第二階層の通路、先の依頼で進んだ道を歩む。
「もしも、次の隠し場所まで荒らされていたらどうする」
「どうするもこうするも、まだルーシーがやったと決まった訳じゃない」
「その噂を俺に言ったのは、お前だろう?」
「俺はただ単に、知り合いの魔法使いから……」
そこまで言って、唐突に二人は。
「怪しいな、あいつ……」
「ああ、その魔法使いとやらは……」
その場に立ち止まり、互いに顔を見合わせる。
「行くぞ……」
どちらにしろ、その次の隠し場所の中を確認してからだ。そのまま二人は通路を歩く。
キィン……
時おり天井にと舞う光の球、この階層を訪れる冒険者達には「人魂」と呼ばれているその光ですら届かない場所を、アシュはカンテラをかざして実と見やる。
「戦利品はある、残っているなランヴァー……」
「ああ、アシュ……」
コッ……
その時、背後に数人からなる足音を聴いた二人は、即座に得物を構え。
「ランヴァーか……」
「デニムだな?」
「やはり、ここに来たか」
その一団のリーダー格と思われる、年老いた魔法使いの顔を実と見つめる。
「あんたがここに、何の用だ?」
そう言いながら油断なく剣を構えるランヴァー。どうやらアシュが見るに彼ランヴァーはその老魔法使いに完全な信頼を置いている訳ではなさそうだ。
「ここにある品物、それを渡して貰おうかい?」
「ほう……」
その老魔法使いの仲間と思われる、戦士風の男の声にランヴァーではなくアシュのその灰色の目が鋭く狭まれる。
「誰から聞いた?」
「誰でもいいじゃねえか、兄ちゃん?」
相手の数は四人、そしてその中には。
「ルーシーの姿は見つからない……」
その事が良いことなのか、それとも悪い事なのかはアシュには解らない。解っているのは。
「さあ、どうするのだ……?」
「チッ、デニムのじいさんめ」
その声を威圧するかのようにすぼめる、この魔法使いの率いる一団をどうするかだ。
「おい、ランヴァー」
「何だ、アシュ?」
「このデニムとかいう魔法使いのジイサン、強いのか?」
「第三階層まで行き着けるほどの魔法使いだ」
「ならば……」
その言葉に肩を落とすアシュに、その魔法使いの仲間の内。
「どうするんだ、アアン?」
革鎧に小剣と、それらを装備した軽戦士風の男が下卑た声をアシュ達にと投げつける。
「ここでお前さん達を、皆殺しにしてもいいんだぜぇ?」
「やむを得ない……」
アシュのその呻くような声にランヴァーも軽く顎を引いて頷いてみせる。命あっての物種というものだ。
「解った、では……」
シュ……
「グ、ガァ……!!」
その時、何処からともなく飛来した矢が、その革鎧の男の胸を鋭く貫く。
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