第8話「第二階層への依頼(後編)」
「やっぱり、冒険者って」
「何だよ……?」
「浅ましいわね」
「ほっとけ」
そのヘレンが言う浅ましいという意味はゴブリン達が残した武器と盾、そして獣皮の鎧を後で取って行けるようにと、第二階層の隅にと隠しておいた事と。
「それより、そのゴブリンの血に濡れた神官服、着替えなくていいのか?」
「うるさい、馬鹿」
その、アシュの嫌らしい言い方のどちらの事を言ったのか、今一つ判断が出来ない。もっとも。
――チェインメイル、神官服の下に着込んでいたか――
と、彼女ヘレンの服をピラリと無造作にめくったアシュに、ヘレンが良い感情を持つ筈がない。そのアシュが平手を食らう光景を可笑しそうに見ていたランヴァーやルーシーにもだ。
「早く仕事を片付けましょ、貴方達」
「嫌われたもんだな……」
「それはこのアシュという男にいって下さいよね、ランヴァーさん」
ゴブリン達の襲撃を潜り抜けて降りてきた第二階層、昔の王族庶民を問わず、大勢を弔ってきた「墳墓」と、いささか大袈裟な名前の階層にアシュ達はいる。
「それで、目標はなんなんだい?」
「ある王族の墓よ、アシュさん」
「やはり金目のもんかよ、女僧侶さん」
「ヘレンで良いし、それに……」
そう言いながらヘレン、女僧侶はその皮の手袋に包まれたままの手、それの人差し指をアシュの顔にと突き付け。
「これは、派遣司教様からの依頼」
「派遣司教、聖都からの人間か」
「だから、あんまり迂闊な事を言わない方が良いわよ」
「へいへい……」
もっとも、彼女が言っているのは単なる脅しであろう。異端審問などはこのような「小物」であるアシュ達に通達するとは思えない。
「さて……」
その二人の間を仲裁するかのように、ランヴァーが第二階層の概要を描いた地図をその、微かに腐臭が立ち上る床にと拡げる。
「その王族の墓とやらは何処なんだ、ヘレンさんよ?」
「レボー二世、それの近くのはず」
「中心の処刑場よりもだいぶ離れているし、それに」
そう言いながら、ランヴァーはその指を地図の上にと這わせる。
「この辺りは完全に盗掘されているはずだぜ?」
「ある道具があるの、ここでは見せないけど」
「なぜ見せない?」
「貴方達を信用していないから」
「チッ……」
ランヴァーはアシュほど擦れっ枯らしではないが、その言い分には流石にムッと来たようだ。しばしの間、ランヴァーとヘレンが睨み合う。
「とりあえず、さっさと済ませないかしら?」
「そうだな」
その二人を取り持つ、という訳ではないが、ルーシーとアシュが建設的とも言える意見をいう。確かにいつまでもここにいても仕方がない。
「フン……」
その事に同意したのか、ランヴァーは一つ鼻を鳴らした後、プレートメイルにこびりついたゴブリンの血、微かに固まりかけたそれを軽く擦ったのち、その「墓」へと脚を進める。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」
ただ、女僧侶ヘレンはそのランヴァーの態度にまたしても不快な思いをしたようだ、神官服の下のチェインメイルから擦れた音を鳴らしながら、彼の後を追う。
「何か、あんまり良い依頼じゃねぇみたいだな……」
「提示された報酬はそれなりに良かったわよ、アシュ?」
「気苦労が多いってことだよ、ルーシー」
「まあ、ね……」
そのアシュの言葉にルーシーも苦く笑いながら、革鎧の紐を締め直しながら、彼らランヴァー達の後をついていった。
「しかし、第二階層か……」
話によれば、第一階層からあぶれた冒険者達が大量に入り込んでいるという。その冒険者達が死んでくれればその持ち物を漁れるというものでは、あるが。
「何か、嫌な予感がする……」
厄介事、そっちの方が発生する可能性が高そうだとアシュは想像した。
――――――
「くそ……」
そのアシュの想像は見事にあたり、助けを要求する新米冒険者二組、そしてアシュ達漁り屋の同業者一組、そして。
「これで、毒消しの魔法に使う触媒は無くなったわ」
「だから、あの冒険者達はほおっておこうと……」
「そんなこと、出来るわけ無いじゃない、アシュ」
「これだから、僧侶さんは……」
屍毒を持つゾンビの群れと遭遇し、全く割りに合わない「収支」となっている。
「一旦、帰還しねぇか?」
「ここまで来て、何を言っているのよ、アシュ?」
「帰還の巻物も新米どもにくれてやっちまった」
「だから?」
「あんたに嫌という権利はねぇよ」
「あと少しでしょ?」
「帰り道を心配しているって事!!」
こうもアシュ達の神経が苛立っているのは、ゾンビ達の腐肉を全身にと浴び、お互いに強烈な臭いを放っている故かもしれない。ルーシーなどは先程から愚痴しか言っていない。
「俺は帰る方に一票だぜ」
「ランヴァー、貴方まで!!」
「あたしも」
「……」
フゥ……
その二人に失望のため息を吐き出したヘレンは、そのまま。
「じゃあ、貴方達はそのまま帰りなさい、報酬は無しよ」
「お、おい……」
ランヴァーがその手にと持っていた地図を取り上げ、そのまま墓の奥へと進もうとする。
「ちょ、ちょっとまてって!!」
「おい、アシュ!?」
カンテラも点けずに闇の中へと進むヘレン。それを光源を持ちながら追いかけるアシュに呆れた声をだしながら、ランヴァーとルーシーは。
「全く……」
互いに肩を竦め合いながら、その二人の後を追っていった。
――――――
ルーシーが言うには、先の吸血コウモリを撃ち落とした矢で、クロスボウの残りの矢は無くなってしまったらしい。
「一度射った矢は、また撃つにはあまり適していないのよ」
ならば、何事も起こらないのが一番だ。そう思いながらアシュは王族の墓とやらを開けているヘレンにと、急かすような声をかける。
「あったわ……」
何があったのかはよく解らないが、目的を果たしたのならいつまでもここにいる理由はない。もともと。
「さ、死者の怒りを買わない内に退散するぞ、ヘレンさんよ」
「意外と臆病者なのね、アシュは」
「当たり前だ」
そのアシュの臆病者っぷりはポーズではない、もともとそれが故に漁り屋となったのだ。
グゥ……
「ちくしょう!!」
この墳墓には天井に魔法の灯りがあるが故に、魔物の接近がよく解る。地面から涌き出てくるこの粘性の物体は。
「くそ、スライムだ!!」
第二階層でも最も戦いたくない相手、最悪の相手である。ほとんどの攻撃を無効化し、その身体にある酸は鎧等を溶かす。
「逃げるぞ!!」
開口一番にそう言ったのはランヴァーだ。魔法の武器とはいえ大剣でどうにかなる相手ではないし、身に付けているプレートの事も気にしているのだろう。
「アシュ!!」
「おう!!」
ランヴァーのその意を受け、アシュはカンテラを、その姿を実体化させ始めたスライムに向かって投げ付けた。
ボゥ!!
火による攻撃ですらスライムを完全に仕留めることは出来ない、しかし動きだけは止める事ができる。
「じゃあね!!」
「おう、生きていたらまたな!!」
アシュ達には仲間意識は希薄だ、いわゆる「勇敢な」冒険者であれば逃げる時でも隊列を崩さない物であるが。生憎と。
「ほら、僧侶さん!!」
「ちょっと、あんた達ね!!」
人を置いて逃げるのにそれほどの抵抗はない。風のように先に逃げ出したルーシーに続いて、アシュも重い鎖鎧を身に着けているヘレンとプレートのランヴァーを置いて。
「じゃあな!!」
そのまま、第一階層へと続く通路、ゴブリン達を仕留めたその小道へとさっさとその脚を早めた。
「覚えてろよ、アシュ!!」
「覚えてなさいよ、貴方達!!」
ランヴァーのその言葉は本気ではない。そういった仲間関係だというのはお互いに肝に免じている。本気なのは。
「このクズ!!」
怒りの余り、聖職者に似つかわしくない言葉を吐くヘレンのみだ。
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