第7話「第二階層への依頼(前編)」
第二階層、学者達の話によれば昔この周辺にあった国の国民が葬られた墓場であると言われているが。
「でも、だとしたら何故この第一階層の奥に造られたかということなんだよな……」
柄にもなくその手の事について思いを巡らせるアシュ。それを言ってしまえば、第一階層という物もよくは解らない構造ではある。
「本当にお宝があるんだろうな?」
「確かよ、ハイエナさん」
「ふん、言ってくれる……」
最初に彼女、以前グールとの戦いの時に助けてもらった女僧侶の名前がヘレンだという事を聞いたとき、昔に故郷の村で片想いだった相手を思い出して、少しは愛想をよくしようと思ったのだが。
「そのハイエナに依頼を頼んだのは、どこのどいつだ?」
「私のは教会の責務、あんた達とは違うわ」
「どうせ、何だかんだいって埋葬された墓から装飾品などを取るつもりだろうがよ?」
「死者の冥福の為よ」
「フン……」
愛想もそっけもない、その態度に先のグールとの戦いでルーシーを助けてもらった「恩」もどこかへ消えてしまった。
「おおい、三人とも!!」
慣れないプレートメイルにその身を包んだランヴァーが、片手を振りながらアシュとヘレンという名の僧侶、そして。
「何、ランヴァー!?」
アシュ達の後ろにいる弓使い、ルーシーにと大声で何かを呼び掛ける。
「もうすぐ第二階層の入り口だが、な」
「ああ、あの話か……」
鎧を鳴らしながらアシュ達の元へとやってくるランヴァーの姿を見やりながら、アシュは第二階層へ向かう前の「選択」の事を頭へと思い浮かべた。
「どのルートで行くの、ランヴァー?」
「それなんだが、俺が街で聴いた噂では」
第二階層へ行くには幾つかのルートがある。もっとも安全、かつ確実なのはこのまま前進をすることだが。
「この前のこの階層、第一階層の未到達エリアを探索しつくした連中が、そのまま第二階層へと流れ込んでいるらしい」
「それがどうかしたのかしら、戦士さん?」
「そいつらを狙った連中がいるんだよ、女僧侶さんよ」
「そうなの、男戦士さん?」
「んんー、女僧侶さん?」
「何よ?」
何か変な意地の張り合いを行っている二人を無視し、アシュは自らの経験でその「待ち伏せ」達の思考を想像してみる。
「第一階層最後の吊り橋地点、あそこがヤバイ……」
一応、身ぐるみが剥がされた死体が転がっている所が危険だとは解るのだが、手慣れた相手ではそれを逆用されるケースもある。
「あとはゴブリンの巣穴と繋がっているルートと、天然の洞窟か……」
よくゴブリンを軽視する者がいるが、それは経験を積んだ冒険者になればなるほど否定される。場合によってはかなり高度な戦術も使う、そして勇敢さも発揮するのがゴブリンという生き物だ。
「天然の洞窟、けどあそこは……」
「聴いていたか、ルーシー?」
「無茶よ、この装備では」
確かにルーシーの言う通り天然の洞窟、鍾乳洞のような所はこの遺跡特有の「設備」である天井からの照明も届かない分、スライム等の対処が難しい魔物も多数生息している。どういう事があるか解らない以上、待ち伏せに最適な吊り橋やゴブリン達よりも危険な場所と言える。
「……ゴブリンの出てくるルートが良いと思う」
「そうか、ランヴァー?」
「さすがにゴブリンの武器では、このプレートは貫けないだろう、アシュ」
「そりゃ、お前は良いけどよ……」
恐らくランヴァーは自力でゴブリン達を蹴散らせる自信があるのだ。それに加えて。
「なあ、女僧侶さん?」
「私に治癒の魔法を使えってこと?」
「一応は聖職者だろう?」
「一応、は余計」
もし、アシュ達が怪我を負ったら彼女ヘレンに治癒の魔法を使わせるつもり、なのだ。
「誰か、反論を言う奴はいるか?」
大抵の場合、数人で何かをする時は「戦士」がリーダーを努める事が多い、敵とのやり合いの要であるからだ。
「その分、手柄を期待しているわよ」
「任せなって、ルーシー」
ルーシーも特には異論は無い様子だ。もっとも彼女の場合、ランヴァーに任せておけば自分が楽を出来るからという面もあるが。
――――――
「ゴブリンの死体は無しっと……」
不思議な事にいつもの天井からの光が闇に遮られ、カンテラを片手にその湿った石畳を観察しているアシュの吐いた言葉に。
「必ずしも、良いことではないわね」
ルーシーがその顔をしかめる。他に通った者がいない事を意味するからだ。
「まあ、ゴブリン共が怖じ気づいただけかもしれねぇがね……」
ランヴァーのその言葉にはアシュも同意したい所であるが、やはり長年死体漁りをやってきた癖であろうか、どうしても悪い方向に物事を考えてしまう。
「まあ、善は急げだ」
「貴方達は善ではないでしょう、アシュさん達?」
「うるさい、僧侶ヘレン」
その女僧侶の茶々を無視して、アシュは先頭のランヴァーにと、カンテラの光を届かせながら一つ顎を引いてみせる。
「うん……」
ランヴァーはそのアシュの無言の意を理解し、その脚を濡れた床に滑らない程度に、ややに早めた。
「ふむ……」
「ゴブリンの巣穴、そこへ続く道だな?」
「そうだな、アシュ」
脇にとポッカリと空いている、子供が通るような道。ゴブリンは身を屈めて歩く事が多いので、この程度の通路でも支障はないのだ。
「他にも、いくつか巣穴へと通じる道があるはずだ」
「ゴブリンが出てこないのは、嬉しいことやら寂しいことやら……」
「どうせ、ゴブリンからもかっぱらおうと思ってんだろ、アシュ」
「ゴブリンと言えども、たまに良い武器や鎧を身に付けている場合があるんだぜ、ランヴァー?」
「ゴブリンの臭いが染み付いた鎧なんぞ、あまり良い値が付かないというのにな……」
その言葉を吐いた漁り屋根性旺盛なアシュに向けて、やや皮肉げな笑みを浮かべてみせるランヴァー。
「ま、静かにいこうや……」
そう言いながら、今度はランヴァーの代わりに先頭へと進み出るアシュ。本来なら自分の身の危険は避けたいのだが、ランヴァーの場合だと板金鎧の音でゴブリンがもたらす、些細な物音を聞き逃す可能性がある。
「それに……」
そもそも彼の得物は両手剣だ、カンテラが持てない。
「ゴブリンが出ても、俺じゃなくランヴァー達にと向かってくれ……」
身勝手な願いと言うなら言え、そう胸の内で呟きながら、アシュは先の戦場漁りで手に入れた小剣を腰の鞘から抜く。一応は。
「呪いのレイピア、使わずにいられるように……」
そのレイピア、細剣も背に背負っているが、やはり不明の呪いが怖い。
「ん?」
その時、元々は盗賊であったアシュのその鋭い瞳に、カンテラの光を通して何か赤い光が映った。
「おい、ルーシー……」
声ならぬ声、カンテラを後ろ向きにしながらハンドサインで後列のランヴァーやルーシー達にと警告を促す。ランヴァーはともかく、ルーシーも盗賊崩れな為にその異変、赤い光に気が付いてくれると思ったのだ。
「三、二、一……」
ハンドサインを続けたまま、アシュは腰のポーチポケットから小さな「玉」を取り出す、それを赤い光に向けて。
シュ……!!
投げると同時に、自身の目を手のひらで覆う。その手をかざしたアシュの耳に。
「グゥアァ……!!」
甲高い奇声、鳥が鳴いたような声が鳴り響く。アシュが放った閃光弾、ライトの魔法が込められた魔法の道具により。
「ゴブリンだ、ランヴァー!!」
「わかっているよ、アシュ!!」
恐らくは待ち伏せをしていたのであろう、赤黒い肌に薄汚れた鎧を身に付けているゴブリン達が、その姿を表す。
「任せろ!!」
逃げるように身を引いたアシュと入れ替わるかのように、ランヴァーが剣を構えつつそのゴブリン達の前にと立つ。
「さすがは、腐っても戦士……」
微かな感嘆の声を上げるアシュの言葉の通り、ランヴァーはアシュやルーシーほど「腐っては」いない。まだ遺跡踏破の夢を、どこかで抱き続けている戦士なのだ。
「アシュ、後ろ!!」
「うお!?」
そのルーシーが放った警告の声と共に、近くの穴から這い出てきたゴブリンの手斧、錆びたその小振りの斧がアシュのすぐ近くを音を立てて掠める。
「く、くそ!!」
カンテラを床にと投げ捨て、咄嗟に小剣をその魔物にと向かって突き立てようとするアシュではあるが、さすがに昔の勘が鈍っているのか。
ガァ!!
その剣はゴブリンが振るった斧により弾かれ、アシュの体勢が崩れる。その身体のバランスが崩れたアシュに追撃を加えようとしたゴブリンではあるが、その一撃は。
「忌々しい魔物め!!」
女僧侶、ヘレンの持つバックラーにより勢いを滑らせられる。
「あんた、戦えるのか!?」
「稽古はうけています!!」
ならば、彼女をゴブリンの矢面に立たせても、通常ならばアシュにとっては痛くも痒くもない。しかし。
「はあ!!」
その穴から身を乗り出したゴブリンに向けて、アシュはショートソードによる一撃をその脳天にお見舞いする。この僧侶は依頼人なのだ、死んだら報酬が出なくなる可能性はもちろん、前払い金を帰せと言われる危惧があるのだ。
「ふん!!」
先頭の、魔法の光が眩く光る場所ではランヴァーがちょうど三匹めのゴブリンの身体を両断したところだ。ルーシーはクロスボウの矢をつがえつつ、辺りを見渡している。
「いざとなったら逃げるかもしれんな、この女は」
その前科が確かにルーシーにはある、だが今のところその徴候は無い。
「よし……」
ゴブリン達が互いに何かを叫びながら、なにやらあたふたとしてきた。ランヴァーの奮戦により戦意を喪失したのかもしれない。
ゴゥ!!
ヘレン、女僧侶の鎚鉾がゴブリンの頭蓋骨を陥没させたのを合図にでもしたかのように、残りのゴブリン達は我先にと小さな通路、ゴブリン用の穴の中にと逃げ込んでいった。
「ふう……」
息をついているのはアシュだけだ。ランヴァーとヘレンは汗こそかいている様子だが、特に息を切らしている風には見えない。
「俺も衰えたな……」
それでも、ゴブリン達の死骸の中から目ぼしい物を探しだそうと目を配らせる神経は、ある意味誉められた物である。
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