第6話「雨に塗れた戦場」

  

「へえ、この剣はなかなか……」


 主戦場を狙わずにその「脇」の場所にと狙いを付けたのがよかった。雨の降る中に街にと攻め混んできた「狂王」と敵対する軍が撤退していく、その最中を落ち武者狩りよろしく。


「ランヴァー、こっちの仏さんはプレートメイルを装備していたぜ」

「へえ、それはそれは……」


 ランヴァー達と共に、その数名の部隊を狩ることが出来たアシュは、まさしくホクホク顔である。


「約束通り俺達が七、お前達が三でいいな?」

「ああ、約束は守るさ」


 アシュ達と同じ戦場漁り、彼らの内片目であり、年配の歳である男がそうアシュにしつこく確認をする。


「先に騎士達から、好きな物を持っていってくれ」

「おうよ……」


 もちろん、仲間がいれば分け前が減るのは確かではあるのだが、疲労の極みにあるとはいえ軍隊は軍隊だ。アシュとランヴァーの二人で敵う相手ではない。


「俺なんぞ、騎士相手には何の役にも立たないからなぁ……」


 重武装に身を固めた騎士相手にはスリングもショートソードも役に立たない。この得体のしれない呪われたレイピアも、どこまで役に立つことやら。


「あちゃあ、このプレートへこんでやがる……」


 それでも、顔を歪めて愚痴を言うランヴァーはその魔法の大剣でもって、一人の騎士を仕留める事に成功した。アシュにはどう転んでも出来ない芸当だ。


「えーと……」


 雨に濡れながらアシュが先程から漁っている兵士、目ぼしい小剣やダガーなどはすでに奪い取ったが、まだまだ取れる物はある。


 シュ……


 身ぐるみを剥がしたその兵士の財布の紐をほどき、その中身を確認する。


「銀貨数枚に、安物の宝石一つか」


 「実戦」で慣れ、ある程度の鑑定眼が身に付いたアシュがそう宝石を調べ、次に。


「こっちは食料、あとこれは……」


 その兵士のリュックサックを調べ、無造作に中にと入ってあったパンと干し芋、あとは魚の油漬けを取り出している内に、何か封書のような物がアシュの手に当たった。


 カ、サァ……


――帰ったら結婚しよう、愛してるよ――


 恐らくは恋人への手紙なのだろう。それをアシュは見たとたん。


「……フン」


 鼻で笑い飛ばす。


「まあ、いい……」


 ことが完全には出来ず、その瞳を見開いたままの兵士の目をそっと閉じてやり、手紙をボロボロの服、雨と泥にまみれたその中へと、ソッと差し込んでやる。


「雨が強くなってきたな……」

「引き上げるぞ、アシュ?」

「騎士達からの戦利品はいいのか、ランヴァー?」

「連中を見ろ」


 そう、指をクイと指すランヴァーの視線の先では、一時的に手を組んだ「ハイエナ」達が何か言い争っている光景が見える。


「危険な徴候だ」

「そうだな……」


 仲間割れは敵よりも恐ろしい、その事をよく知っているアシュは、ランヴァーと共にその場を音もなく、滑るような足取りで去ろうとした。


――しかし――


 本来、この手の連中は仲間意識などはない。それでもアシュがランヴァーや床に臥せったままのルーシーといつまでも「つるんで」いられるのは。


「何の、縁なんだろうな……」


 そう、頭を捻ってしまうアシュである。




――――――




「もう少し、値を張れねぇか?」

「いや、これが限度だね」

「身の危険を冒して、手に入れた刀剣や宝石なんだぜ?」

「身の危険といっても、戦場漁りじゃねえかよ……」


 そうは店主に言われても、最近のアシュには懐に余裕はない。ルーシーから治療代を取れる予定があるとはいえ、彼女とてあまり蓄えが無いことは知っている。その上。


「この呪いのレイピア、気になるんだよな……」


 呪いのレイピア、この前の戦場漁りでも兵士の革鎧を簡単に貫くなど、それなりの利点もあるが、やはり呪いの武器は呪いの武器だ。


「試しにそこらへ捨ててみた所、宿で目が覚めたら枕元にあったもんな」


 いつ、何が起こるか解らない。早く教会なり何なりに金を払って、解呪したいというのが偽りのない気持ちである。


「まあ、仕方がない……」


 ショートソード三本、ダガー三本、そして部分的な革鎧二セットにあとは細々とした、保存食等の物。


「ショートソードとダガーは一つづつ、売らずに貰っておく」

「革鎧、そいつはどうするね?」

「一セットだけ俺が身に付ける」

「良い鎧の調整屋を知っているが?」

「俺も知っている、ランヴァーの奴が今頂戴したプレートの調整を行っているはずだ」


 他の全てを断り、プレートメイルのプレート部分だけを望んだランヴァー、彼の自慢の一品である魔法の大剣に合わせての事だろう。


「今まで分厚いとはいえ革鎧、レザースーツだったからな」


 本来、大剣のような両手武器はそれなりの鎧とセットで扱う物だ。彼にもその鎧が買えない事情があったのだとは聞いている。


「宝石はどうする、アシュ?」

「それは取っておくことにする、非常用だ」

「あいよ」


 店主はその太った身体に似合わず、機敏にアシュから受け取った品をそのもろ手でかき集めると、何か本格的な鑑定を始めた。


「じゃあな、オッサン」

「また、今からハイエナに行くのか?」

「いんや、ルーシーのお見舞い」

「花束でも持っていけよ?」

「バカ野郎、そんな事をするか」


 あの教会の女僧侶によれば、そろそろルーシーは施療院から退院出来るはずだ。

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