第8話 赤鬼
「さっきも大雅と話してたみたいだけど」
はあ、と曖昧に応じた。見られてたのか。
児童の一部からは陰で『赤鬼』と呼ばれる、目つきの悪い太ったおばさん。阿部さんを前にすると僕は萎縮してしまう。
幼稚園でお世話になった関係だとかで、市の民生委員も教育委員会のメンバーも阿部さんには頭が上がらないらしい。静岡の教育界を牛耳る影の実力者だ。
「大雅って、内海の前ではどんな感じ?」
「フツーに元気ないですけど」
とっくに別居していたとはいえ、両親の正式な離婚から間もないのに元気一杯だとしたらそちらの方がおかしい。
飯田さんがね、と阿部さんは職員さんの名前を出した。
「大雅の絵をちらっと覗いたんだって。そしたら黒い家だか城だか、気持ち悪いモノ描いてたっていうわけ。あの子これまでそんなもの描いてたことなかったから、心配でさ。アンタ何か知らない?」
おやおや、と思った。スマホを取り出して画像を見せると、阿部さんは露骨に顔をしかめた。強い嫌悪感。反応としては好もしい。写真に力がある証拠だ。
「僕、写真を撮るんです。廃墟とか廃屋とか廃工場とか」
「これ自分で撮ったわけ」
「大雅にも見せたんですけど、影響大きかったみたいですね」
「離婚のことに触れたりは?」
「うちも母子家庭なんで、力になれればと」
阿部さんは渋い顔のままスマホを返してきた。
「気にかけてくれるのは結構だけど、一口に母子家庭って言ってもいろんな形があるってことは忘れないでよね。内海には有効だったことが大雅には悪く働くことだってあるかもしれない。分かる?」
「僕、余計なことしましたか」
「『自分のことを気にしてくれている誰かがいる』って大雅が感じてくれれば、今はそれでいいと私は思う。あの子の母親ともあれこれ話をしてるんだけど、本当、難しい時期なんだよ母子共に」
「はあ」
「ミーティングでも何度も言ってるけど、大雅に接するときはその辺りをもう一度よく考えてからにしてちょうだい。分かった?」
「はあ」
「真剣な話なんだからね。本当に大丈夫?」
「大丈夫です」
僕は一礼して事務所を出た。きっと母親が迎えに来たのだろう、部屋を見渡してみても大雅の姿はなかった。
正門前にはバイクに跨がった健斗の姿があった。お土産と思しい紙袋を掲げてご満悦なその様子が、なぜだか妙に遠く見えた。
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