第二章 雨気 3

「もうすぐで村に着きそうだ」

 佐藤さんの声で我に返る。峡谷に沿って進むにつれ建物も減っていき、今では自然と自分たちの乗る自動車以外に存在するものはなかった。窓の外を流れる風景は樹木ばかりを写しだしており、行きかう車もなければ目ぼしいものもない。自分たちが森の中を進んでいくにつれ、なぜか童話「ヘンゼルとグレーテル」が思い起こされていく。漠然とした不安に駆られながらも、それが自分の退屈を消してくれることに感謝の念すら感じてしまう。

「お、見えてきた」

 車内に佐藤さんの嬉々とした声が広がる。はやる気持ちから視線をフロントガラスの方へ向けると、そこには来訪を歓迎するような決まり文句が並べられた案内看板があった。加えてこの先のトンネルを抜けた先に村があることも書いてあった。

 なんの変哲もない看板だったが、一つ気になる点があった。

蝕災しょくさい村...?」

 聞いたことのない名前に面食らってしまった。名前から受ける印象はお世辞にも良いものとは言えない。

 トンネル内に侵入し、車内は暗闇で満たされる。

「もともと別の名前があったらしいんだけど、なんでも非常に縁起の悪い名前だったらしくてね」

 自分の口から自然と零れ出た疑問に、佐藤さんは待っていましたと言わんばかりにまくし立てる。

「毎年のように不可解な事件が起きたそうだ。で、そのことを神主さんに相談したら、いくつか助言を得たらしい。そのうちの一つが名前を変えることだったんだ。助言の通りにしたら、その不可解な出来事というのは激減したらしい」

 それでも何かしら事件が起きてたらしいから絶対呪われているよね、と楽しそうに言う。高揚を抑えることもせず鼻息を荒くさせながら説明を続ける。そんな佐藤さんの様子を横目にしながら柳井さんは相変わらずだなと苦笑し、川内は瞳をキラキラさせながら佐藤さんの話を聞いているようだった。

 そうこうしているうちにトンネルを抜け、徐々に件の村の全貌が明らかになっていく。村全体が四方を山で囲まれ、高層マンションやビルといった建物はなく民家がいくつも並んでいた。特筆すべきことはない平凡な田舎といった感じだが、村全体が何か秘密を隠匿するように不可視のベールで包んでいるような、そんな印象を受けてしまった。なぜ自分がそのように感じたのかはわからないが、目前に迫った謎が自分たちを待っていると思うと冷静ではいられない。

 四人の奇特な冒険家の瞳には期待で満ち満ちていた。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あまごい 甘蜘蛛 @HLofCAFL6741

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る