第25話-逆賊-

向けられた幾つもの銃口。そこに込められた人の殺意に俺は戸惑いを隠せずにいた。

「どうする?」

キングさんが声を潜め、言った。

「突破する」

ジャックさんは短く、しかし強く答えた。

「お前ら、俺が合図したら……。な、なんだ?」

キングさんが何かを言いかけた時、地面が大きく揺れ、倒壊させたビルが音を立てて崩れ始めた。そして、黒い影が広場を覆う。

「そんな……馬鹿な……」

都市部隊員達が嘆きの声を口々に上げていた。倒壊させたビルを掻き分け姿を現したのは、10mは下らない大型のセルだった。

「皆んな走れ!」

俺達に銃を向けていた隊員達がたじろいだ隙をジャックさんは見逃さず、俺達は一斉に走り出した

「お、おい! 逃すな! 撃て!!」

何発もの弾丸が俺達を掠めた。しかし、誰一人として振り返らず、巨大なセルに向かって広場を走り抜ける。

「アレに突っ込むんすか!?」

「足元をすり抜けるんだ。攻撃は躱すんだよ!」

「当たったらひとたまりもないわね」

「でけぇ分攻撃も大振りだろ。あんなのに当たるようじゃ引退だぜ」

「来ますよ!」

目前に迫る巨躯は腕を大きく振り上げ、足元を薙ぎ払うように振り下ろした。俺達はそれぞれ左右、又は振り下ろされた腕を跳んで回避し、速度を落とすこと無く足を動かした。俺達は黒樹に呑まれた廃都市に入り、身を隠す。

「追撃はなさそうね」

「流石に彼等も都市の人間だからね。都市の危険を見逃すわけ訳にはいかないんだろう」

「俺らに関しちゃ、人質取られてる身だしな……」

「これからどうするんすか?」

「行きますよね? ナラクへ」

「うん、そうだね。行くしかない。でも、その前に皆に覚悟を問わなきゃいけない。これからやろうとしていることは地下都市への敵対を意味する。もうシェルターのどこにも居場所はなくなるよ」

「俺は元々ナラクの人間だ。地下都市なんざ何の想い入れもねぇよ」

「俺だって、志願した時にそんな覚悟出来てるっすよ」

「そうね。どっちにしても、もう戻れないんだから」

「皆んなが居ればどこでだってやって行けますよ」

「愚問だったね。とにかく今のナラクの状況を知りたい」

「無線が使える距離まで近づくしかねぇな」

「でもあの場から私達が逃げた以上、警戒されてるんじゃないの?」

「都市側が機体を何機持っているかもわかりませんしね」

「そもそも無線が使えるのかも定かじゃないね。だとすると……」

「アレしかねぇか。まだ生きてるかもわかんねぇけどよ」

「賭けるしかないね」

「アレってなんすか?」

「ナラクが発足した頃に使ってた地下道があるんだ。元々は地下鉄道からシェルターへの入り口だったみたいだけどね」

「その地下道まで行けば有線の通信機が設置してある。まぁ、何年も使ってねぇから、まだ使える保証はねぇけどな」

「とにかく行きましょう。皆さんが心配です」

「悩んでても始まんないっすね!」

「そうだね。早速向かおうか。ナラク奪還作戦、開始だ」

俺達はすぐに近くの地下鉄道路に足を踏み入れた。中は真っ暗で真っ直ぐと、果てのわからないほど深い闇が続いている。ポタポタと水音だけが響き、足元にはどうやら水が溜まっているようだ。

「暗いな」

キングさんが呟くように言い、機体のライトを点灯させた。それに続き、俺達もスイッチを入れる。

「ここを進むんすね」

「何か不気味ね……」

機体二機分程度の道幅で、辺りには蔦や苔が繁茂し、濡れた壁や天井がライトを反射してキラキラと光って見えた。

「さっさと行くぞ」

キングさんの声や足音が反響し、俺達の向かう先に広がって行った。それからどれくらい歩いただろう。先頭を歩いていたキングさんが立ち止まった。

「着いたぜ」

 そこは何の目印もない、線路の道中だった。ただ壁にハンドルの付いた、分厚そうな錆付いたドアがあるだけだ。それもかなり小さい。人一人が身を屈めてやっと入れそうな程だ。

「生身でしか入れないわね」

「そうだよ。エイクァなんて無い時代のものだからね。それにしても懐かしいよ。何年振りだろう」

 ジャックさんはおもむろに、ドアのハンドルを回し始めた。ギィギィと金属の軋む音が辺りに響き、ドアがゆっくりと開かれる。ドアの向こうは少しだけ空間があり、その先に階段が続いていた。

「一応辺りを警戒しててくれるかな?」

「うっす」

「了解です」

 俺達の返事を聞いたジャックさんはその場で機体を脱ぎ、小さなドアを潜った。

「動いてくれよ……」

 スイッチを入れる音が鳴り、砂嵐の様なノイズが響いた。

「動きましたね!」

「ああ、一先ずよかった。ええっと、確かチャンネルは……これでいい筈。こちらジャック、聞こえたら返事をして欲しい。誰かいないか、応答を!」

『……こち…ハーミッ……事だったか!』

「ハーミットさんの声っすよ! 繋がったんだ!」

 ジャックさんがカチカチとダイヤルを回すと、次第に途切れ途切れだった通信が鮮明になっていった。

「無事かい!?」

『今のところはな。お前らも無事か』

「ああ、全員ピンピンしてるよ」

『この回線が生きててラッキーだった。こっちはえらい騒ぎだ』

「だろうね。私達も都市のエイクァ部隊に襲撃されたよ」

『エイクァだ? 奴らそんなもんまで……』

「そっちの状況を教えてくれないかい?」

『見た事の無い部隊がかち込んで来やがってな。ナラクに入り込んだ数は大したこと無かったんでノしたんだが、どのルートも抑えられちまって籠城状態だ』

「じゃあ今のところ皆無事なんだね」

『ああ、今のところはな』

「全員車両で逃げれる様に準備を整えておいて欲しい」

『ああ、それはいいが。どうするつもりだ』

「私達に喧嘩を売ったんだ。目にもの見せてやるのさ」

『そりゃあ良い。じゃあ準備に取り掛かる。待ってるぞ、オーバー』

 ジャックさんは通信機を切ると、俺達に向き直った。

「皆、聞こえてたね。ナラク始まって以来の大宴会といこう」

「ふふ、ナラクらしわね」

「全員で脱出しましょう」

「っしゃあ! 熱くなってきたっすよ!」

「気抜くんじゃねぇぞ。特にレンジはな」

「何でなんすか!」

 俺達は意志ともに拳を強く握りしめた。それと同時に、人を殺めなければならないかもしれないと言う、残酷な現実が圧し掛かるのだった。

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