第21話-再起-

俺はキングの兄貴が痛手を負ったあの日、人生で二度目の絶望を味わった。一度目は思い出したくもねぇけど、親父が糞みてぇなことして逮捕された時だ。母親もそのせいで、今は寝たきりになっている。今思えば、俺のこれまでの人生は、俺に半分流れるあいつの血を否定する為のものだったのかもしれない。犯罪を取り締まる自治警備隊に入ったのだってそうだ。ただ俺は真っすぐに生きたかった。あいつの様にはなりたくなかった。だけど、地下都市に居た頃の俺の周りの人間は、大抵がひん曲がっていやがった。教師も教官も上司も、間違っていることが許せなかった。俺が気にくわなかったのか、どいつも親父の事をネタに俺を叩いた。そんな奴らに限って上手くはいえねぇけど、親父と重なる所があって心底反吐が出る思いにさせられた。でも、あの人達は違ったんだ。難しいことはてんで分からねぇけど、理屈抜きでそう思えた。俺は多分惚れ込んだんだ。兄貴達の生き様に。だからこそ、あの白い化け物に出会ったときの自分の無力さがどうしたって許せねぇ。あの時膝が笑っていた自分の弱さが、ゼロやハングとの間に感じる差が、許せねぇ……。

「ゼロ、分かってんな? 手抜きは無しだぜ」

「ああ、勿論。それじゃ行くよ」

 あの苦汁を舐めた作戦以降、俺達は毎日、機体に乗って実戦形式の訓練を繰り返している。無力さを感じたのも、悔しかったのも俺だけじゃなかった。誰から言い出した訳でもなく、自然と集まって自主的にこうして訓練をしているのが証拠だ。

「準備は良いわね」

「おお!」

「いいよ」

「始めっ!」

 ハングの掛け声と共に俺達は戦闘を開始する。俺は一気に距離を詰め、素早い拳打を連ねた。ゼロはそれを打ち払う様に、自らの攻撃を重ねていく。相変わらずエグい反応速度してやがる。

「良い眼を持ってんな! でも防戦じゃ俺は倒せねぇぞ」

「そっちだって、そんな攻撃じゃ、俺には入らないよ」

「はっ、言ってろ!」

 俺は今までの拳打よりも更に速い一撃を放ち、その直後に逆手で重い一撃を連ねた。最速の一撃がゼロの機体の頭部を掠めたが、重い二手目を拳打でずらされ、流れる様に肘が的確に俺の頭部に放たれる。咄嗟に身を引いた俺の機体の鼻先を、ゼロのエルボーが掠めた。

「っぶねぇ」

「躱されるとは思わなかったな。それにしてもレンジの拳打はやっぱり速いね」

「まだしっくりは来てねぇけどな」

 てな感じでここ二週間の訓練で、アシスト無しでだいたい生身と同じくらいは動ける様になって来た。最初の方は皆笑えねぇ有様だったけどな。

「一旦休憩にしましょう。かれこれ二時間は戦ったでしょ?」

「そうだね」

「おう。……そういえば、兄貴達、どうしてんだろうな」

「キングさんは治療でしょうけど、ジャックさんも帰って来てから見かけないわね」

「何かあったのかな……」

「兄貴達なら大丈夫だろ」

「おい、お前ら。揃いも揃って面白そうなことやってんな。俺も混ぜろよ」

 聞きなれた声に振り向くと、そこには真紅の機体の姿があった。

「噂をすれば、ね」

「もう体は大丈夫なんですか?」

「この通りだ。急速治療ポッドってのに入ると怪我はすぐ治るんだが、免疫がどうのってんで隔離されちまっててよ」

「え。急速治療ポッドって、短期間で治療が出来る代わりに、細胞の劣化が進行して寿命を縮めるから、製造が禁止されたものの筈よ?」

「ああ、らしいな。まあ何か月もベッドに縛られてんのなんか、死んでんのと変わらねぇよ」

「兄貴……」

「シケた顔してんじゃねぇよ。何年も縮まる訳じゃねぇんだからよ。それより部屋で出来るリハビリじゃ体が訛っちまってよ。俺も混ぜてくれや」

 あの戦いの時も、今も。兄貴達と俺達の覚悟や賭けるもんの違いっつうのか、差を感じる。でもこれは多分、死ぬ覚悟じゃねぇんだよな。俺にはそこまでしかまだ分からない。

「じゃあ久しぶりに稽古をお願いします。キングさん」

「おう、遠慮はいらねぇ。掛かって来い」

 ここに来たばかりの事を思い出す。全員ぼこぼこにされたっけな。でも今の俺達はあの頃とは違うんだ。なんて考えはバカだった。生身での組手より更に強い。三対一でやっと対等以下かよ。それも兄貴が殺す気じゃないからだろう。これが怪我してた人の力かよ……。結局俺達は相変わらずコテンパンにされた。

「良いリハビリになったぜ」

「リハビリってレベルじゃないっすよ……」

「必要なかったんじゃないの、ほんと」

「すっかり復活ですね」

「ああ、心配かけたな。それよりジャックは何処にいんだ?」

「それが俺らも見かけてねぇんすよ」

「そうか……ハーミットにでも聞いてみるか」

 そして俺達が機体をドックに戻した頃。異変がナラクを、地下都市を襲った。凄まじい地鳴りと共にシェルターの全てが揺れる。以前のものとは段違いの地震だ。立っているのがやっとってくらいの揺れに、ナラクは騒然となった。

「……収まったか。全員無事か!」

 キングさんが辺りを見回し、皆の安否を確認する。

「俺達は何ともないっす」

「機材とかぐちゃぐちゃになっちゃいましたね」

「前よりきつい地震……ってことは」

「またあの樹がどっかに生えたって事か?」

「だろうね」

「いいかお前ら聞け。恐らく震源地は遠くねぇ、明日までに情報を集める。まだ揺れが来る可能性もある。今日のところは全員安全を確保して待機だ」

「わ、分かりました」

「了解っす」

「取り敢えずドックの中だけでも片付けた方が良さそうね」

 俺達はドックの備品やらをしまう手伝いをし、各自部屋に戻ることにした。今度こそ勝ってやる。セルにも、自分にも。あんな思いはもう二度とご免だ。俺はベッドに寝転び、拳を強く握りしめた。

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