第20話-転機-

 私は黒い山を目にし息を飲んだ。優に二十体はあるセルの死骸で築かれた山。小型の中に数体の中型も見える。

「凄い数だね」

「何すかこれ……」

「この数を倒したのか、お前ら」

「まさか。研究材料に死骸をコツコツ持ち帰ったのさ。僕のファントムでね」

「ここにあるのは既に研究を終えたものだ。私達にとっては無用の長物だが君達にとっては有用なものだろう?」

「これが手土産って事ね」

「これだけあれば軍備も進歩しますね」

「そりゃいいがよ。どうやって持って帰んだ?」

「そうだね……引きずって、かな」

 私達はありったけのワイヤーをセルの死骸の一体ずつに括り付け、文字通り引きずって帰路についた。

「ドクター、ハイロ。何から何まで世話になったよ。ありがとう」

「面白いものも見れたし、僕は満足だよ」

「ああ、例には及ばんさ。また会おう」

「うん、またね」

 この廃校は湖よりも私達のトレーラーに近いらしく、途中からは元来た道に戻ることが出来た。キングも機体を着ると身体機能が補助されるのもあって、普通に動ける程度にはなっていた。

「にしても重いっすよこれ」

 私達が二、三体ずつ程のセルを引く中、一人で五体を引くレンジが嘆きを上げた。

「あんたが自分でいけるって言ったんでしょ。ほんと馬鹿よね」

「何だよ。多いに越したことはねぇだろうが。それに二体しか持ってねぇお前には言われたかねぇよ」

「はいはい、言ってなさいよ。力馬鹿。おいてくわよ」

「お前……覚えてろよ」

 二人のいつも通りな軽口のたたき合いを見ていると、少し安心感を覚える。あの日以来の死線だったから余計にそう感じた。

「二人ともそれくらいにしろ。トレーラーが見えて来たぞ」

「やっと着きましたね」

「この荷物もあって、行きの倍は掛かったね」

「早く帰りましょう……シャワーが浴びたいわ」

「動き詰めだったしね。確かに疲れたよ」

「何だ根性ねぇな。俺はもう一周でも行けるぜ」

「ならお前は歩いて帰るか?」

「え。そりゃねぇっすよ兄貴!」

「ははは。ま、それじゃ帰りますか。セルは後ろに括り付けちゃって」

 私達が引いてきたセルはトレーラーの後ろに括り付け、再び引きずって帰ることにした。全員の機体を乗せると、荷台はほぼ満載なので仕方ない。ゼロ達三人は、機体の初陣だったこともあって余程疲れていたのか、走り出して直ぐに眠ってしまった。

「キング、大丈夫かい?」

 助手席に座るキングは時間を経るにつれ、額に汗が見られるようになっていた。

「大したことねぇよ」

「鎮痛剤が切れて来たんだね。もう少しだから耐えてくれ」

「こっ酷くやられちまったもんだぜ。この借りは高くつくな」

「認めたくはないけど強かったよ。あいつは」

「諦める訳にはいかねぇだろ」

「そうだね……」

 キングも思う所があるようで、私達がその後、ナラクに着くまで言葉を交わすことはなかった。

「おいおいおい! 一体何だこいつは?」

ナラクに着くなり、出迎えてくれたハーミットが驚愕の声を上げた。

「只今」

「ああ、お帰り。ん? キング、どうした」

「ちいとドジ踏んだだけだ」

「話したいことは沢山あるんだけど、取り敢えずキングの治療が先だ」

「俺らが付いていきますから、ジャックさん達は話をしててもらって大丈夫ですよ」

「そうっすよ。任せてください」

「私はリズさんを呼んでくるわ。前に元は衛生やってたって言ってたし」

「悪いね。それじゃ頼むよ。キング、お大事にね」

「ああ……」

「何があった?」

「作戦室に行こう。話し出すと長くなる」

 作戦室で私はハーミットに今回の作戦で起こったことを事細かに話した。シラクチや地上人の存在を含めて。

「……信じられんな」

「そうだね」

「少なくとも地上人の事は都市の人間に伝えん方がいいだろうな」

「やっぱりそう思うかい?」

「ああ、儂らだって地上から戻る度に検査をされていたんだ。それが今まで地上で生きていた人間ともなれば絶好のモルモットだろう」

「ただでさえ都市も地上に出たがっているしね。地上に拠点を築く作戦があるなんて噂も耳にしたよ」

「上の奴らは儂らを見下しているようだからな」

「貴族思想なんて今どき流行りもしないのにね」

「差し詰め自分たちの管理が出来ないものが許せんのだろう」

「見上げた征服心だね。行く末は魔王かもね」

「ふっ、そいつは良い。そん時は首を貰ってやる」

「それで、例の仮説だけど、概ね当たっていたよ」

「黒樹とかいうやつだな」

「スキャニングしたデータを送るね」

「ああ、分析に回しておく」

「これで何か掴めると良いんだけど」

「儂もそう願うよ」

「今回で一番の問題はあいつが生きていたことだね。しかも進化までして」

「そいつが一番信じがたいぜ、全く」

「キングの傷が癒えたら討伐に向かいたいんだ」

「そう言うと思った」

「だけど、現実的に今のままじゃ恐らく勝てない」

「皆まで言うな。あれだけ材料があるんだ。あの馬鹿の傷が癒える頃には自信満々で討伐に行ける様にしてやる」

 まさに悪だくみをする悪魔の様な怪しい笑みを浮かべ、ハーミットがそう言った。この顔をする時は彼が本気の証拠だ。初めてインパクトシステムを作り上げた時のことを思い出す。

「頼りにしてるよ」

「任せておけ」

 こうして、長い長い作戦は無事にとは言えないものの、誰も失うことなく幕を閉じた。問題や課題は頭を抱えたくなるほど山積みだけど。キングの病状は骨折四か所、靭帯損傷二か所、打撲多数。とまあこんな感じで動けていたのが不思議なくらいの有様だった。集中治療ポットである程度は回復したのを良いことに、ギブス姿でリハビリと言うかトレーニングを開始している始末で、私の心配事は尽きそうもない。ともかく、ナラクは新たな目標に向け、動き出す結果となったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る