第5話-交わす拳-

 私は名前を貰った。ハング、それが新しい名前。今思えば誰かから贈り物を貰うのは初めてかもしれない。両親は都市営の職に就いていて、どちらも仕事人間だったし、祖父母は早くに亡くなってしまっていたのもある。贈り物を貰うというのは何だか変な感じだ。

それにしてもこのナラクという町は変わっている。あの後、野暮用とかでどこかへ行ったジャックさんに代わってキングさんに連れられて町を見て回っている訳だけど、地下都市とはまるで違う。あの場所よりうんとマシだ。案内なんて言っても私達の部屋がある建物の他にあるのは隣接した整備場とその奥の訓練場に大通りを挟んだ向かいの食堂、大通りを進んだ先にある非戦闘員の居住区くらいのものだった。あとはその居住区に幾つか雑貨や衣服のお店があるとかその程度。町の規模から考えても人口は五十人にも満たないだろう。

「案内はこんなもんだ。後は好きに回れ。明日からは訓練を始めるから朝には作戦室に集まってくれ。じゃあな」

 面倒くさかったのか一方的にそう言い残すとキングさんは私達の部屋がある建物、ネストへと帰って行った。

「あー、二人はどうする?」

 苦笑いを浮かべたゼロが私達に尋ねた。

「そうだなぁ。俺は腹減ったし食堂で腹ごしらえだな」

「じゃあ俺も便乗しようかな。えっと、ハングさんはどうする?」

 特に行きたい所もないし確かに小腹も空いた気がする。

「いいわ、私も行く」

「決まりだな、飯だ飯!」

 食堂に入ると作業服を着た人がちらほら食事を摂っていた。中は長いテーブルが六つに椅子が並んでいて、奥に厨房がある簡素なつくりだった。食堂というよりは下町の定食屋って感じ。食欲をそそるいい匂いにレンジがお腹を鳴らした。

「あー、腹減った!」

 厨房との窓口に早足で向かったレンジを追って私達も窓口の前に向かう。

「すんませーん、何か食わして下さい!」

「あいよー。ん?あんたら見ない顔だね」

厨房から顔を見せたのは私達より少し年上に見える女性だった。タンクトップ姿で前掛けをして、首ほどまでの髪を耳に掛けている。その耳からは簡素なピアスが覗いていた。しかも私より発育が良い……。

「あんたらがあいつらの言ってたルーキーかい」

「そうっす!レンジって言います」

「今日付けでこちらに来ました。ゼロです」

「そうかい、もう名前も貰ったんだね。あたしはリズ、ここを取り仕切ってんだ。そこのお嬢ちゃんは?」

「あ、ハングです」

 つい敬語になってしまった。

「おー、宜しくなー。で、飯だろ?ちょっと待ってな」

 そう言うとリズさんは厨房で料理を始めた。厨房の中を見渡すとリズさんの他にも数人の女性が働いている。私達と同年代くらいの子もいた。ナラクでは、子供以外の全員が何らかの役割があるそうだけど、料理は女性の仕事なのだろう。男性はほとんど作業着の人がほとんどだったし。そうこうしている内にご飯が出来上がった様だ。今日のメニューは親子丼だった。

「いやー。美味かったな!」

「そうだね。満腹だよ」

 確かに凄く美味しかった。今度作り方を教えて貰おう。

「それじゃあゼロ、ちょっと腹ごなしに付き合ってくれよ」

「腹ごなし?」

「訓練場で組手しようぜ」

「ちょっと、なんでゼロだけ誘うの?」

「あー、悪い。女に手を上げる趣味は無いんだよ」

 なんだこいつ、どうやら舐められている様だ。腹立つ。

「その女に負けたら面目立たないもんねー。じゃあ仕方ないか」

 私はワザと煽るように言ってやった。これでも要護隊じゃ近接格闘のレベルは高い方だったのよ。

「言うじゃねぇか。気が変わった。お前も来いよ。泣き見ても知らねぇからな?」

「望むところね」

「お、おい……二人とも」

 こうして私達は三人で訓練場の一角に格技室に向かった。格技室は畳張りで中央には十メートル四方程の枠が設けられている。私とレンジは隊服の上着を脱ぎ、左右に分かれ、互いに構えを取る。

 身長は私が十五~二十センチ程低い。力も彼の方が数段あるだろう。構えから見てスタイルは打撃中心。対して私が得意とするのはカウンター。こっちが有利のはず。

「ゼロ、合図を頼む」

「はぁ……分かった。致命傷は勿論、後を引くダメージを与えるのも無しだ」

「ああ、分かってるさ」

「こっちも了承するわ」

「それでは、開始!」

 合図と同時にレンジは走り込み、拳による連撃を打ち込んで来た。私はそれを全ていなしながら腕を掴みにかかるタイミングを探る。しかし、想定していたよりもリーチが長く、捌けない程ではないけど一撃一撃の出が早い。これじゃ組みかかるのは難しい。体重を乗せた攻撃でも仕掛けて来てくれれば大きな隙を作れるんだけど、いつもの様子らしくもなく戦闘においては堅実だ。私は半ば強引に懐に潜り、掴み掛かるとレンジはバックステップで距離を取る。

「やるじゃねぇか」

「あんたもね」

 互いに息を整え再び構えなおした時だった。

「お前ら何やってんだ」

「キ、キングさん。あの、これは」

 ゼロの慌てた声に私達が目を向けるとそこには腕を組んだキングさんの姿があった。

「訓練は明日からだと言っただろう」

「あ、やべぇ」

「まぁ良い。そういう血の気の多いのは嫌いじゃないぜ」

 そう言うとキングさんは隊服の上着を脱ぎ捨てた。

「ゼロ、お前も来い。可愛がってやる」

 当分私達はキングさんのあの笑みを忘れられないだろう。そこから私達は全員がボロボロになるまで組手の訓練をする羽目になったのだ。キングさんは終始楽しそうに三人を代わる代わる相手にしたが、当然誰も敵うはずはなかった。それでも弱点や改善点の指摘は適格だったと思う。何とか訓練を終えた私達は食堂でご飯を済ませ、自室に向かった。私達の姿を見てリズさんは大笑いしていたな。

それにしても今夜は、良く眠れそうだ。

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