第4話-受け継がれる背中-

「よし」

俺は荷造りを終え、すっかり片付いた寮の自室を眺めていた。父の背中を追い、地上に上がる為に進んで来たつもりだったけど数年を過ごした部屋が空っぽになっているのを目にすると感慨深く感じた。

「もう朝か」

 時間を確かめようと携帯デバイスを見るとジャックさんから迎えの時刻連絡が入っていた。あと数時間でここともお別れだ。まだ封をしていなかった最後の段ボールを閉じかけて、箱の中の一枚の絵に目が留まり手にする。古びた葉書大のその絵が俺にとっての始まりだった。

 父は五年前に突然消息を絶った。何の前触れもなく唐突に。都市営の機関で働いていただけの父が、この地下都市で行方不明になったいう事実は余りに不可解で強く違和感を抱いたのを覚えている。一年、二年と月日が経ちとうとう死亡扱いになった。胸にしこりが残ったまま俺は一人で父の部屋の遺品整理を始めた。母は涙ひとつ見せなかったけど心中を考えると、とても任せることが出来なかった。俺が絵を見つけたのはその時だ。それはとても美しい絵だった。まさに俺が地上で目にした様な幻想的な情景に。目を奪われた。地下都市の情景で無いことは明白だ。父はこの世界を知っているのか。ここではない世界、これが地上なのか。父はそこにいるのか。知りたい、知らなければ。それが今に至る始まりだった。

「ここまで来たよ、父さん」

 俺はそっと絵を戻し、段ボールに封をする。

それからしばらく時間が経ち、迎えの時間になった。どうやら俺が最後だった様で、トラックの荷台からノッポと眼鏡さんが降り、荷運びを手伝ってくれた。二人に礼を言い、助手席のジャックさんと運転席のキングさんに挨拶を済ませて俺も荷台に乗り込んだ。シートで覆われた荷台内には二人の荷物もあり、運転席との間に設けられた窓からジャックさん達の姿も見える。

「これで皆揃ったね。それじゃ行こうかキング」

「ああ」

ジャックさんの言葉にキングさんが短く返事をするとトラックが走り出す。

「それでどこに行くんすか」

「そうか、まだ説明してなかったね。私達の本拠地へ向かうんだ。今日から君達もそこで生活して貰うことになるよ」

「基地っすか!なんかワクワクするっすね!」

「どんな所なの?」

 テンションの高いノッポとは反して落ち着いた様子で眼鏡さんが訪ねる。

「着いてからのお楽しみかな」

「どこにあるんですか?」

 俺の知っている限り地下都市にそんな施設は無いはずだ。

「地下だよ。この地下都市よりも更に下に潜るんだ」

 トラックは以前俺達が集合場所としていたゲート近くの古びた施設、その倉庫に辿り着いた。ジャックさんが携帯デバイスを操作すると大きな扉が静かに開きトラックごと倉庫内に入った。少し大きめの倉庫でトラックなら五、六台は止められそうな広さだ。

「ここって前の施設よね?」

「トラック置いて行くんすか?」

「いや、違うよ?」

「ここが入り口になってんだよ」

「入り口、ですか?」

 見える限りは階段やエレベーターらしきものは見当たらない。それどころか倉庫内には物ひとつない。

「さ、行こうか」

 ジャックさんが再びデバイスを操作する。扉が閉じ機械音が聞こえた。すると、床が沈み始めた。

「うわ、すげぇ!」

 ノッポが思わず歓声を上げた。そうか、この倉庫自体が一つのエレベーターみたいなものなんだ。暫くしてトラックを乗せた床が停止する。そこに広がっていたのは基地というよりは小さな町だった。

「ようこそ、私達のナラクへ。歓迎するよ」

「ナラク?」

 眼鏡さんが首をかしげる。

「ここの名前だ。地下の更に下にあるからナラク、そう呼ばれている」

「皮肉な名前ですね」

「違いねぇな」

「難しいことはよく分かんないっすけど、いい町っすね」

 確かにそうだ。天井は地下都市よりかなり低く、大きな配管があちらこちらにあり薄暗い。大きな建物も見る限り二つか三つといった所だ。だけど町を行き交う人達からは活気が伺える。何より良い目をしていると思った。

「そうですね。俺もそう思います」

「ありがとう。私達の自慢の町だよ。それに今からは君たちの町でもあるんだ」

「取り敢えず荷物を置きに行くぞ。終わったら案内してやる」

 キングさんはそう言うと再びトラックを発進させた。俺達が降りて来たリフトを出てすぐ近くの大きな建物に向かう様だ。その建物は三階建てで、奥にある工場と思しき建物と繋がっている。裏に回ると駐車場があり、今乗っているものと同じ型のトラックが並んでいた。先日の任務で使用したものの様だ。俺達の乗るトラックは搬入口らしき所の前に停車した。

「着いたね。ここが私達の家みたいなものだよ」

「お前らにも部屋が用意されている。三階の空き部屋を使え」

「それじゃ、荷物を運び終わったら一階の突き当りにある作戦室に集まってね」

そう言うと二人は作戦室に向かって行った。

「さっさと運んじゃいましょう」

「そうだな」

「兄貴達を待たせるのも悪いしな!」

 俺達は手早く荷運びを済ませ、作戦室に向かった。作戦室は長いローテーブルとソファが並んでいて、大きなモニターがあるだけの簡素なものだ。お二人はソファに掛けていたがジャックさんは俺達の入室に気が付くと立ち上がった。

「お、来たね」

「お待たせしました」

「うん。ちょっと三人とも私の前に並んでくれるかな?」

「はい」

「了解っす」

 俺達が並ぶとジャックさんがコホンと一つ咳ばらいをした。

「それでは私達からの最初のプレゼントを贈りたいと思う」

「プレゼント?」

 言葉を返した眼鏡さんにジャックさんが視線を移し更に続ける。

「そう、プレゼント。名前を贈る。先ずは君からだ、眼鏡ちゃん。君は今からハング、そう名乗るといい」

「ハング……はい!」

「次は君だノッポ君。君はレンジ」

「了解っす!」

「そして最後に、君はゼロだ」

「ありがとうございます!」

「これで君達は正真正銘私達の一員だ。改めて歓迎しよう。ハング、レンジ、ゼロ、ようこそ私達の、君達のナラクへ」

こうして俺達の新しい日々は幕を上げる。死に最も近い、それでも美しく最も人間らしくすら思えるそんな日々が。

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