第3話-新たな意志-

 私は志願者達を前に地上の真実を語る義務がある。しかし、彼らがそれを知るには覚悟を問わなければならない。全てを擲つ覚悟を。そして私は静かに口を開き、心苦しくも志願者達に残酷な選択を強いる訳だ。

「志願者諸君、今の君達には地上のことは教えられない」

 一斉に志願者達がザワつきだした。無理もないだろうね。構わず私はこう続ける。

「順を追って説明させて貰うよ。まず私達は地上探索を専門に行う部隊の人間なんだ。そして今回の任務はその新規人員の確保が主目的になる。つまり、私達の一員になることが外の情報を知る資格になる訳だ」

 場は静かになった。ほとんどの者が伏目がちになっている。奴らと戦っていかなきゃいけないのは説明するまでもなく明らかだろうから目に見えていた状況なんだけど。ただ、数人だけはこちらを真っすぐと見据えていた。喜ばしく思った私は少し頬が綻んだがそのまま更に続ける。

「だけど簡単なことじゃないんだ。私達の一員になるには条件があってね、それは地下都市での市民権の剥奪なんだ。固有番号も戸籍も権利もその全てを失うことになる。そして脱退は許されない。それが飲める者だけ三日後のこの時間に再度ここに集まってくれるかな?話は以上で終わり、もう帰っていいよ」

 それだけ伝えると私とキングは出口へ向かった。

「ああ、そうだ。一つ言い忘れていたよ。勿論だけど今日見たことの漏洩は厳禁だからね。もし漏洩が発覚した場合は、死罪も覚悟しておいた方がいい」

 今度こそ私達は部屋を後にした。

「いやー、何度やってもああいうお堅い場は苦手だよ。ねぇ、キング。何人残ると思う?」

「さぁな」

「私の予想は三人ってとこかな。あ、そうだこれから飲み行かない?」

「生憎だが先約がある」

「えー。まぁた女の子のとこかー。で、何人目のとこ?」

「うるせぇよ」

「ははは。図星だ。女遊びは身を滅ぼすよー」

「余計なお世話だ」

「まぁ、今回は愛想つかされる方に賭けてるから宜しくね」

「お前な……」

「でも、彼は残るだろうね」

「何の因果かね。神様の悪戯にしちゃあ笑えねぇな」

「……そうだね」

 彼の志願書を見た時は驚いた。あの人の面影が色濃く感じられる容姿。まさかとは思ったけど実際に会って確信した。彼はあの人の息子だ。さて、どうなるかな?


 そしてあっという間に三日が経った。私とキングは既に部屋で志願者を今か今かと待っている。

「楽しみだね、新しい同志が増えるのは」

「誰も来ない可能性だってあるんだぜ」

 どうやら今か今かと待っているのは私だけだったようだ。内心落ち着かない私は壁にもたれて壁に掛けられた時計を眺めているのに対しキングは椅子にドカッと座り机に両足を上げている。この様子からも心持ちの差は歴然か……

 いよいよ指定した時間の十分前になった頃、ドアをノックする音がした。

「お?来たねー、キング?」

「ああ、良かったな」

「どうぞ、カギは開いてるよ」

「失礼します」

記念すべき新入り一人目はスタイルの良いポニテ眼鏡っ子ちゃん。志願者達の中で数少なかった女性メンバーだった。私は机にある資料を手に取る。

「えっと。ようこそ、要護隊所属の三二〇一二さん。適当に掛けて」

「はい」

 要護隊は主に要人とその周辺の警護を専門に行う機関だったかな。十年ほど前、地下都市も治安がよろしくなかった時期がある。その時に新設されたみたいだけど平和呆けした今となっては、ほとんどお仕事は無いことだろう。

 それから五分程して再びのノック。

「どうぞ―」

「よろしくお願いします」

 例の彼だ。緩い天然パーマと優くもキリっとした目つきがあの人を彷彿とさせる。一瞬キングと目があった。やはりキングも思うところがあるんだろう。

「うん、宜しくね。東部自治警備隊所属の三二〇二二君。君も適当に掛けておいて」

「はい」

 自治警備隊はずっと昔でいう所の警察ってとこかな。都市の治安維持が主なお仕事。外に比べると話にならないけど、この地下都市も管理するには広いから幾つかの管轄に分けて統治している。彼はその東部所属。

 そして時間になった。私の予想では彼も来ると思ったんだけど、見当違いだったかな。まあ仕方ない、と説明を始めようとした時だった。ドアが勢いよく開いた。

「すんません!遅れました!」

「待っていたよ。南部自治警備隊所属、三二〇〇八君。さあ、掛けて」

 最後の一人は私の予想通り、ツンツン頭のノッポ君だった。

「さて、じゃあ早速だけど説明を始めるよ。まずはそうだね、何故人類が地下に潜ったかだけど」

「核戦争とそれによる環境悪化っすよね」

「半分正解だねノッポ君」

「あの黒い化け物じゃないの?」

「眼鏡ちゃん、ご名答」

「だとしたら、奴らは百年前から居たって事ですか?」

「そういう事になるね。正確に言えば第三次世界大戦で地上がボロボロになった頃に初めて確認されたんだ。その後数百の個体が世界各地で確認された。そして当時の兵器が通じない奴らはあっという間に人類の脅威になり、私達は地下に逃げ込んだ」

「今でもそんな数が地上で暴れてんすか?」

「いや、それが奴らも何故か数を減らしたんだよ。次はその奴についてかな。なんて偉そうに言った所で分かっていることなんて幾つもないんだけどね。一つ、生きていること。二つ、消化器官や排泄器官、更には生殖器官さえも存在しないこと。三つ、外殻はどんな金属よりも硬いこと。四つ、地球上に存在する原子で成り立っていること。五つ、脳のような役割をする核と強靭な筋繊維状の中身に硬い外殻を持つ、細胞に酷似した造りをしていること。そして最後に、意思の疎通が不可能であること。以上かな」

 順番に指を一本ずつ立て説明したんだけど、ノッポ君の頭上には沢山のはてなマークが見える。それに見兼ねたのかキングが面倒そうに口を開いた。

「簡単に言うと、話の通じない恐らくは地球産の謎の生物で人類の敵だ」

「私達はその造りから奴らのことをセルと呼んでいるんだ」

「大体分かったわ。普通なら信じられないけど現に目の当たりにしているんだし」

「それでお二人が使っていたロボットがそのセルに対抗する為のものなんですね」

「その通り。あのロボットスーツはセルを原料にしていてね、そうする事でしか勝ち目が無いというのが人類の導きだした回答って訳だ」

 思っていたより飲み込みが早いのには素直に驚いた。この三日で相応の覚悟をして来たんだろう。頼もしい限りだ。

「何となくは分かったっす。それでこれから俺達は何すりゃいいんすか?」

「終活して来い。明日朝には順に迎えを出す。お前達は都市から抹消されるんだ。荷造りなり挨拶なり今日中に済ませろ」

「うん、明日からは訓練になるから、心残りの無いようにするんだよ?」

 三人の良い返事を聞いて今日は解散とした。

「大丈夫かね、あいつら」

「実績や経歴は申し分なかったよ。後は私達が鍛えて大丈夫にするしかないだろう?」

「ふん、まずは適正チェックからだな」

「頼んだよ、鬼教官」

「言われなくても地獄を見せてやるさ。で?あいつには話してやるのか、レイさんのこと」

「んー。時が来ればね。それよりも今は名前考えないと」

「それは任せる。俺にはそういうの向かねぇからな」

「私達もとうとう明日から上官か」

 あの人の背中にこの数年でどれだけ近づけただろうか。私達が慕い、憧れたあの人に。

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