第2話-人類の力-
「さて、行くか」
声から察するにキングさんの様だ。真紅の機体は首の筋をほぐす様に頭を回し、肩を回すとワイヤーを引きちぎりつつある奴に向かって走り出す。
「あれがお守りってやつか」
「そうみたいだな」
運転席から食い入るように見ていた長身男が呟くと俺はそう返した。
奴がワイヤーを引き千切り自由になった時には既にキングさんは飛び、拳を振り上げていた。鈍い音が響き頭部を捉えた一撃で奴は軽く飛ばし地面に転がった。
「ジャック、交代だ」
「ああ、頼んだよ」
短く会話を済ませたジャックさんは俺達の元へ戻って来ると荷台に乗り込んだ。
再び響く駆動音。もう一機あるのか?
「おい、見ろよ」
長身男の視線の先には、平然と立ち上がり拳を構える奴の姿があった。
「無傷なのか!」
「そんなバカな、もろに喰らって吹き飛んだんだぜ?」
「あれくらいじゃ致命打にはならないんだ」
驚きを隠せない俺達とは対照的にキングさんは拳を構える。
「そう来ねぇとな!」
互いに力強く一歩を踏み込むと壮絶な拳の打ち込み合い、インファイトが開始された。打ち、躱し、防ぎ、いなす。両者一歩も退くことなく繰り広げられる戦いに息をのんだ。
「キングさん。いや、キングの兄貴、凄いな」
「ああ、あんな化け物と対等に渡り合ってる」
「私もキングも伊達に鍛えていないからね」
不意に掛けられた声に振り向くとそこには紺碧の機体が立っていた。分厚くゴツゴツとしていて力強い印象を受けるキングさんのものとは違い、適度にシャープで細く、機敏そうな機体に見える。
「それが兄貴のお守りっすか!」
「ん?兄貴?」
「ジャックさん、他にもそんな機体があるんですか?」
もしもあるなら、俺も。
「いや、二機だけだ。それにそう簡単に動かせるものでもないよ、こいつは」
これまで通りの優しい口調で彼はそう言う。
分かってはいたが少し悔しかった。自分の無力さと早計さが。
「さあ」
と一息置いたジャックさんは伸びをし、体勢を深く落とした。
激しい打ち合いをしていたキングさんと奴が互いに重い一撃を喰らい距離が開いたその瞬間。紺碧が視界を横切った。ジャックさんが駆けだしたのだ。抑えたバネが跳ねる様に低姿勢を一気に解いて。次に俺達がはっきりと視認したのは奴の頭部に飛び膝蹴りを放つ姿だった。
奴は勢い良く吹き飛び、建物に叩きつけられ砂埃に包まれた。
「お待たせ」
「早かったな。やっと体が温まってきたとこだぜ」
俺達の中にあんな芸当が出来る者なんて一人もいないだろう。これは都市営機関でやってきた訓練なんかじゃない。平和に満たされた地下都市では経験しえない殺し合いなんだ。機体があろうが同じことだ。良くて足手まとい、悪くて犬死にだろう。
「兄貴達、やったのか?」
俺はその言葉に返すことが出来なかった。むしろ内心、倒れていてくれとさえ思った。徐々に砂埃が晴れるとそこには――――――
「え?」
俺は思わず声を漏らした。嫌な鈍い音と共にジャックさんが後方で待機していたトラックの辺りまで吹き飛ばされたのだ。
「ジャック!!」
キングさんの大声が響く。奴は砂埃が晴れると同時に深く体勢を落とした状態から駆け出し、飛び膝蹴りを放った。ジャックさんと同じように。
「おおおおおおおお!!!」
雄叫びを上げながらキングさんは自身が体勢を崩す程に体重を乗せた一撃を奴の頭部に叩きこんだ。腹に響く様な重い音と共に深く踏み込んでいた奴が地面を削り後方に押し下げられる。
倒れはしなかったものの、大きく仰け反った奴の頭部にはヒビが入っていた。
「キング!」
驚くことにあの強烈な一撃を喰らいながらもジャックさんは既に立ち上がりクラウチングの姿勢を取っている。しかし、機体の頭部が凹んでいるところを見るとかなりのダメージを受けているに違いない。
「よっしゃあ!!」
再び叫んだキングさんはその場で一度、二度、三度と軽く跳ねた。呼吸を整える様に。ペースを整える様に。
そして奴が体勢を立て直す寸前、一気に距離を詰めると大きく振りかぶる。頭部を狙うように体勢を傾け、奴はそれに反応し高い位置で両腕を構えガードを取った。
「あめぇな!!」
そのまま体を沈め下方から打ち上げる様に腹部に一撃を入れる。
拳が当たる刹那、肩部から凄まじい駆動音と白煙を上げ爆発音と言える程の音が俺達を圧倒した。更に驚くべきは攻撃を受けた奴の腹部が拳の形に凹んでいることだった。キングさんがすぐさま後方に飛び退くと奴は後ずさり、片膝をつく。
そこには先ほどよりも数段速くジャックさんが走りこんでいた。その勢いのまま奴のついた膝とは逆足を踏み場に飛び上がり、ノーガードとなった頭部に渾身の蹴りが直撃する。遂に奴の頭部が砕け散り、静かに地面へと倒れた。
「……やった」
「うおおおお!兄貴方あああ!!」
長身男に続き、志願者達の大半が歓声を上げた。俺と同じ様に恐怖や安心や悔しさが入り混じった様な何ともいえない表情の者も幾らか居る。
「また私達は死に損なったね、キング」
「バカ言え。まだ死ねねぇだろうが」
「ははは、それもそうだ」
そんな気の抜けた会話をする彼等を遠巻きに眺めながら、彼等との圧倒的な距離を、差を、噛み締める。それでも俺は地上をもっと知りたいと思う。例え、死ぬことになろうとも。
その後、彼らは奴の亡骸をトラックに積み込むと俺達は帰路についた。さっきまでの戦闘が嘘のように何事もなく、すんなりと帰還することができた。流石に道中は俺を含め志願者達は一様に無口でピリピリと警戒していたが、長身男は別だった。あいつだけはキングさんに何やら熱く話しかけていた様だけど全て適当に流されていた。
地下都市に辿り着くと志願者一同は当初の説明通り、出発前に集合場所となっていたゲート近くの施設の一室に向かった。暫くし、二人が入室する。誰もが彼らを静かに見つめた。聞きたいことは数多あるがまずは説明を聞きたい、皆そうだろう。
そして、ジャックさんがゆっくりと口を開いた。
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