106, 0-64 幕間・家出令嬢の接吻

・セリーナ=ハルフォードの接吻


前回のあらすじ

 冷血アイラ



私が革鎧を着ていると、アイラが不快げに言った。

「またそんな格好を」

「今日は決闘を観戦するのだ。この格好で問題あるまい。決闘が終わったらまた冒険に出るのだ!」

「ひらひらのドレスを着て黄色い声で応援するのが貴族令嬢というものです」

「何だそれは・・・気持ち悪い」

「気持ち悪いとはなんですか全く・・・。まぁ、いいでしょう。お嬢様もすぐご結婚なさるのですし・・・」

「私は結婚などしないぞ!!」

「そんな格好で応援されても殿方は力を出せませんよ」

「ジョニーは大丈夫と言っていた!応援などいらん!!」



部屋を出ると、護衛のくせに今まで姿を見せなかったウーゴが立っていた。

「よう、お嬢。今日は俺が決闘の立会をするぜ」

「そうか」

「お嬢よ~。冒険者に求婚されたって本当か?冒険者なんてろくな奴らじゃねぇぜ」

「確かに、多くの冒険者はチンピラと変わらんな。だがジョニーは違う。ジョニーは凄い男だ!」

「貴族と結婚しとけよ。それがお嬢のためだぜ」

「私は結婚などしない!」

「ったく。お嬢は変に頑固なところがあるよな」



(全く、どいつもこいつも)

なぜみんな私を結婚させようとしてくるのか。

結婚相手くらい自分で見つけるというのに。

「ヘルガ、今日はジョニーが決闘する。一緒に観戦しよう」

「おっ、マジでやんのか。てっきりその場だけの話かと思ったぜ」

「ジョニーは必ず勝つ」

「そうだな。相手の男はなんか弱そうだったもんな」

「そうだ!やっぱり持つべきものは仲間だな!!」


信頼できる仲間ヘルガとジョニーを迎えに行き、騎士の訓練場まで案内する。

待ち構えていたノア=モースがジョニーに剣を向けて言った。

「さぁ、決闘だ!冒険者よ」



「なんだありゃ。まるで大人と子供だな」

「そうだな」

ジョニーは貴族相手ということで気使っているのか、剣すら抜かない。

だが戦いは一方的だった。いや、戦いとすら呼べない。

ジョニーはただ避けているだけ。

ノア=モースは剣を振っている、というより、振り回されている、と表現したほうがいい動きだ。

力任せに剣を振り、腕ごと剣が流れている。

ノア=モースの技量はとても騎士と呼べるものではなく、せいぜい騎士見習いといった実力だった。

(昨日の不安は何だったんだろうな・・・)

結局、ノア=モースは身体強化の維持すらまともに出来ず、決闘は終わった。

「僕の負けだ・・・。彼女を・・・頼んだっ」

ノア=モースが苦しげに言うと、ジョニーは頷いた。

(ジョニーはまだ演技を続けてくれるのだな・・・)

だがジョニーは、真剣な顔でこちらに向かってくると私の手を取る。

「ど、どうしたんだジョニー」

「・・・・・・」

ジョニーは無言で私を引っ張る。

(もしかしてジョニーは本当に――)

私に求婚する気なのかもしれない。



私達はジョニーに連れられカナリッジに戻ってきた。

「なぜ戻ってきたんだ?」

「忘れ物でもしたんじゃねぇの?」

歩くジョニーの後を追う。

ずいぶんと長く歩き、木造の教会に入るジョニーに続く。

「神父様、お久しぶりです」

「ジョニー、元気そうですね。全く姿を見せないから心配していたんですよ」

「すみません。色々と忙しくて。シスターはいますか?」

「シスターは今、自宅に帰っています」

「自宅?」

「体調を悪くされた方を寝ずに看病していたのです。今は自宅で休んで・・・シスターは結婚して、今は教会に住んでいないのです。通いで手伝いに来てくれています。言っていませんでしたね」

「そうですか・・・」

「何か用事があったのですか?」

「少し国を離れようかと思いまして・・・」

「では自宅の場所をお教えしましょう」

「いえ、疲れて休んでいるのなら・・・。神父様から元気にしていたと伝えてください」

「シスターもジョニーに会えれば喜ぶと思うのですが・・・、伝えておきましょう」

「よろしくお願いします」

(ここは、ビブリチッタ様の教会か・・・?)

神父様が立ち去った後、ジョニーは目を閉じ、感慨かんがいひたっているようだ。

(国を出ていくとは、私のせいか・・・)

平民であるジョニーは、貴族と揉めたのでほとぼりが冷めるまで国を出よう、と考えているのかもしれない。

(悪いことをしてしまったな・・・)

『カナリッジから遠く離れるつもりはない』と言っていたジョニーの言葉を思い出す。

私の一方的な都合でジョニーを巻き込んで・・・、それでジョニーは育った孤児院がある街から遠く離れなければならないのだ。

ジョニーのほおを伝う涙が見え――私は!!

「ジョニー!大丈夫だ!私が一緒について行ってやる。一緒に冒険しよう!!私がずっと一緒にいてやる!!だから元気を出せ!!!」

ジョニーはこちらを向いて、私の両肩に手を置く。

「ジョ、ジョニー?」

強い意志を感じさせる目をしたジョニーが見つめてきて、なんだか胸が高鳴って――。

(まさかこれは、あれじゃないか?ジョニーは私に、接吻せっぷんしようとしてるんじゃないか?キッスをしようとしているんじゃないか?!)

そしてジョニーは言った。

「俺は今、エッチなシスターとエッチなことをするエッチな妄想をしている所なんだ。もう少しでエッチなことが出来そうなんだ!だから頼む、少しの間静かにしていてくれ。少しの間だけでいいんだ!!俺は妄想がしたいんだ!!エッチな妄想がしたいんだ!!!」

私は肩に乗るジョニーの手を払い、2歩後ろに下がる。

拳を握りしめ、踏み出した足の力を逃さないよう腰にひねりを加え、真っ直ぐと突きを放つ。

倒れるジョニーを見て思う。


(ジョニーは変態だった―――)

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