016, 0-06 幕間・謀略女王の誕生

・ルクレーシャ=クロトーの誕生



(死にたい・・・)


私は朝、女性専用車両から降りて会社へ行くために歩道を歩きながら思う。



そこそこの大学を卒業し、そこそこの中小企業に入社した私、新人としてはそこそこの成績で、先輩や上司にそこそこ褒められ、そこそこ叱られる。

そんな、そこそこの人生なのに思うのだ。死にたい・・・、と。


幼い頃は、早く大人になりたいと思っていた。大人になれば、出来る事がたくさん増えて、色んな場所に行けて、きっとすごく楽しいんだ、と思っていた。


でも現実は、ほぼ毎日学校に通って、塾に行き、休みの日にも勉強し、受験や数々の就活をくぐり抜ける日々。

それが終わって採用されたところで会社に行く日々。

別に、私が勤めてる会社はブラック企業でもなんでもないのに辛い。ブラックじゃないはず・・・。

サビ残なんてないし、ちゃんと残業代出るし、残業が多すぎる気がするけど、有給もちょっと取りにくいっていうか、今まで取らせてもらってないけど、新人ならこれは普通のはず。



現世は地獄、そんな話を聞いたことがある。この世界に生きている人たちは、前世とんでもない罪を犯したから、こんな苦しくて辛い世界で生きているのだと。

私は信じた。別に変な宗教にハマったわけじゃない。だって、すごい説得力がある。すごい説得力があるよ!



でもちゃんと会社に行くエライ私。働かないとご飯が食べられないのだ。そう思う私は、死にたくないんだってわかる。

会社に着いた。けど中に入りたくない。

(なんか今日は気分が乗らないし、家に帰って逆ハーレム物の異世界転生小説でも読もうかな・・・サボっちゃおうかな、流石に病欠なら取れたはずだ・・・大丈夫だよね)

だが、世の中そんなに甘くない!どころか予想を超えて厳しい。スマホが鳴る。会社からだ!

嫌な予感がするけど出ないわけにはいかない。会社の前だし無視したのを誰かに見られたらまずいよね。

「君、今どこにいる?実はさぁ、取引先が『すぐに会いたい』と言うんだ。直接行ってくれない。君、駅にいるよね。通勤中なら駅にいるよね」

挨拶すらない上司の電話に呆れる私。入社してすぐの研修で『挨拶は一番大事です。挨拶は人の心です。挨拶すら出来ない人は社会人失格です!』と語気を強めて言っていた課長はどこへ・・・。

「おはようございます、課長。あの・・・実は今、会社の前にいるんです。もう着いてるんです!」

語気を強めて言う私。

「でも会社の外なら、君がうちの課で駅に一番近いからさ。会社の外と中。ね、わかるでしょ、ちょっとプレゼンしてきてよ」

早く会社に入るべきだった。

「プレゼンって言っても・・・なんの準備もしてませんし・・・そもそも資料が」

「大丈夫、大丈夫、会社のクラウドサーバーに上げといたから。資料は移動中に読み込めば大丈夫だよ。頑張ってね。じゃ」

私は、科学文明の発展は人類のためではなかったのか、という壮大なテーマの命題に挑むなんて面倒なことはせず、振り返り、取引先に行くために駅に戻ろうと歩きはじめる。


今思えば、早く大人になりたいと思っていた幼い頃が、一番幸せだったなぁ。

「やっぱり死ぬのは嫌だし・・・赤ちゃんにでも戻りたいなぁ」


そんなふうに独り言をつぶやいたのがいけなかったのか、大きなクラクションの音にびっくりして車道を見れば、真っ赤なスポーツカーが歩道に突っ込んでくる。私は叫んだ!

「きゃーーー」

漫画やドラマで事件があると『きゃー』と叫ぶ女に、「きゃー」なんて言うわけ無いでしょと悪態をついていた私はどこへやら、車に轢かれる。



そうして、少しだけ苦しい思いをした後に意識を取り戻すと。

そこはベビーベッドの上だった。


(あれ、これ来ちゃったんじゃない。異世界来ちゃったんじゃないのこれ)


妙に高いテンションで私は祈っていた。

(神様、女神様、イケメン様。どうかお願いします。悪役令嬢は勘弁して。悪役令嬢パターンだけは勘弁してください!)

そんな祈りが通じてしまったのか。確かに悪役令嬢パターンじゃなかった。

ただ、悪役令嬢よりも、もっと悲惨でよくわからないパターンだっただけだ。



'悪役令嬢は勘弁してと祈ったら、それ以上にハードなダークファンタジー主人公だった件'


私を主人公にした、そんな物語が始まった・・・。

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