005, 1-04 親孝行の五歳児

前回のあらすじ

 石投げのジョニー



俺は五歳になった。

この一年、俺は親孝行に勤しんだ。

と言っても、幼子である俺が出来ることなどたかが知れている。

朝起きて、井戸まで行って水を汲み、水瓶に水を入れる。

薪置場から朝食に使う薪を持ってきてかまどに入れる。

母は俺に「ありがとう」と声をかけ朝食を作ってくれる。

朝飯を食った後は掃除の手伝い、その後は薪拾いだ。

今まで、薪拾いは父が畑仕事の後にやっていたらしい。

森は危ないと村人Aは言っていたが、それは狩りのために森の奥深くに入るのが危ないだけで、村の近くであれば危険などない。


俺は家の近くの森に入り薪を拾う。薪を拾っていると思うのだ。なんか石がたくさんあるなぁ・・・と。

石投げのジョニーが投げた石である。よくこれだけの石を投げたものだと感心するも、父は薪拾いの最中、森に石が増え続けるのを見ていたのかと想像すると、むせび泣いた気持ちもわかる気がする。

手が一杯になったら薪置場まで運ぶ。そのまま使わないのは、乾燥させるためだ。

薪置場なんて聞くと、斧を持って木を切って、薪を作るイメージがあるのだが、この村の近くの森には、薪にちょうどいい枝が結構落ちているので、薪のためだけに木を切り倒すなんて重労働はめったにしない。

それでもたまに足りなくなると、大人の男、総出で木を切り薪を作る。

異世界小説では、なんか困ったことや不便なことがあると、魔法で解決前世の村より楽だスゲェ!展開が大半なのに。普通の村人が魔法を使い、そこで魔法の存在を知り魔力訓練始めるパターンだ。

この村では普通に火打ち石で火をつける。魔法がある世界なのに、村には魔法が使える人はいないのだ。

魔法を覚える前からハードモードだった。もっと楽させてくれよ神様。あと俺のチートって、まさか異世界の言葉がわかるだけなのか?俺強えぇ出来ないのか?


神に疑問を投げかけながら、何度か往復し薪を集めたら、畑に行き雑草をちぎったりした。

俺は最初、雑草は根から抜くものだと思っていた。

「根が残っていると、また雑草が生えてくるんじゃないの?」と父に聞くと「どんなに頑張って根まで抜いても、雑草は必ず生えてくるんだよ」と言われた。

それに、根を残したほうが新しい雑草は生えにくく、土が軟らかくなるらしい。

なぜそうなるのか、理由は全くわからないが、農民の父が言うならそれが正しいのだろう。

ただし、根から取り除かなければならない雑草もあり、俺には見分けがつかない。父の指示に従うだけだ。


ちなみに、この雑草も森に捨てたりせずに、燃やして灰にする。それを専用の桶に水と一緒に入れると灰水あくがとれ、これが石鹸代わりらしい。

母は、これを使って洗濯をする。結構な重労働だろうと手伝いを申し出るも、駄目だった。初めての駄目出し理由を聞くと、力加減が重要で服を長持ちさせたいとのこと。開拓村では服も貴重なのだ。

畑仕事が終わった後、濡らした布に灰水あくを少しつけ体を拭き、俺は密かな計画を実行する。

夕飯で使う薪と土をかまどに入れる。この土は、森からとってきた腐葉土だ。



俺は農業改革、俺スゲェ!をやりたかった。

農業といえば肥料。安易だが、必死に考えてもそれ以外に思いつかなかった。


肥料といえば肥溜めか?しかし、子供がいきなり人糞を集めだしたら両親も困惑するだろう。

俺は一年間、石を投げ続けて両親を心配させていたのを反省し、できるだけいい子でいよう心がけている。

とりあえず、親の前では笑顔を絶やさずに、家の手伝いをする。自然に笑えているかは微妙だ。

どちらにしろ人糞を集めても、すぐさま肥料とはならず、発酵かなにかさせる必要があったはずだ。

発酵ってどうやるんだ。放っておけば自然と発酵するのだろうか。

病気も怖い。人糞は当然、人から出たものなので人に伝染する病気とか寄生虫とかが発生する原因になるとか、ならないとか、うろ覚えだが聞いたことがある。

では家畜の糞を使うか、といっても家に家畜はいない。

農地開拓に使う家畜を育てている家も村にはあるが、そこに侵入して家畜の糞を盗むのか。

「糞を下さい」と言うのもな。完全に変な子供だ。石投げのジョニーなんて二つ名がついた時点で、今更な気もするが・・・。

そもそも、誰にも知られず糞を集め、発酵させてそれを畑に撒く、というのは難易度が高い。


だが、不可能というわけでもない。糞と言えば皆さんご存知、トイレだ!

なんで水洗じゃねぇんだよ!と怒ったものだが、この件に関して言えばそっちのほうが都合がいい。

開拓村のトイレは共用のボットン便所だ。それが村に複数ある。

なぜ複数あるのかといえば無駄に村が広いからだ。一つしかなかったら確実に漏らす。

家二軒にトイレ一つぐらいの割合である。多すぎだろ・・・。

穴を掘って、足場を置いて、壁で囲うだけ。なんかマニュアル化されている。

制作時間は数時間。数年に一度の割合で埋めて、別の場所でまた作るらしい。

足場とか壁とか再利用するのかと思ったら燃やすらしい。疫病対策だろう。

場所を変える理由は知らない。これも疫病対策か、単純にいっぱいになるのか。バキュームカーなんてないしな。

近くに必ず手洗い場があり、定期的に井戸水を運んで入れる。これも俺は手伝っている。隣の村人との共用なので、持ち回りだ。

灰水あくを使って手を洗い、その灰水あくが入った水もトイレの周りやトイレの中に直接入れて利用する。

トイレの糞をそのまま撒いたら肥料になるんじゃないか?と思ったが、足場をどけて穴を覗くのは危険すぎる。

前世で、一番悲惨な死に方はなにか、なんてくだらない話を友達とした記憶がある。その中の一つにあった。

ボットン便所に落ちて死ぬ。実際そういう事故も過去にあったらしい。詳しくは知らない。

そもそも、俺スゲェ!に命をかける気などないし、糞の採取に成功してもな。こっそり撒くなんて出来ない。臭いでバレる。

息子がある日突然、大切な畑に糞を投げだしたら父親はどう思うか・・・。石を投げる以上の奇行である。

「糞を撒いたら畑の実りがよくなるよ」なんて言っても、その知識はどこから?と聞かれても困るし、そもそもが成功する保証もない。

ちゃんとした肥料になると、そもそも臭いはしなくなる、なんて聞いたこともあるが、そのやり方を知らないのだ。知らないことばかりだ。結局は無理だと諦める。


ちなみに、街のトイレは水洗らしい。魔法具を使った水洗だ。

魔法具があるのか・・・。なら魔法武器もありそうだ。いつか魔剣を手に入れて、俺強えぇ!してみたい。

誰に聞いたって?それはもちろん村人Aだ!

困った時はとりあえず村人Aに聞く。貴重なRPGキャラだ。

村人Aは迷惑がっていたが、俺は情報が欲しかったのだ。


糞は諦め、腐葉土に目をつけた。たしか腐葉土も肥料になるはずだ。

とはいえ、腐葉土の一体何が畑にどう作用して、作物の成長を促すのか知識などない。

虫も怖い。森の土にいる虫が畑の作物を食い荒らす、なんてことになったら最悪だ。

そこで俺はいくつかの地点から土を集め、かまどで燃やすことにした。

どういう土が肥料になるかわからないし、燃やせば虫は死ぬだろう、という安易な考えだ。

燃やすことで成分が変わって肥料にならない可能性もあるが、そもそもなんの知識もないのだ。とりあえず試してみよう。



俺は両親が寝静まった後にかまどの中から土を取り出す。

それを隣の家の畑に撒く。

なぜ隣の家なのか。失敗した時が怖いからだ。両親の悲しむ顔は見たくない。

この世界の法律は知らないが、これで隣の家の畑が全滅したら、さすがに犯罪だと思う。

しかし「隣の子供が夜な夜な土を撒いた結果だ!」なんて迷推理は誰もしないだろう。

それにここは開拓村だ。定期的に食糧支援がある。飢えて死ぬことはない。

畑の区画のどこに、どの地点の腐葉土を撒いたのかを記憶しておく。


そして数ヶ月後、隣の家の畑がすごいことになった。

全滅したわけではない。なんかすごい成長してる。育ちがいい。

村人がわらわらと集まって、一体何をしたのか聞いている。

隣の村人は何もしてないと言う。そりゃそうだ、腐葉土をこっそり撒いたのは俺である。

味について聞いてみると「なんだか甘みが増した気がする」と喜んだ顔で言っている。幸せそうだな・・・。


何がどう作用したのか全くわからないが、とりあえず成功だ。

俺は育ちが一番良かった区画に撒いた腐葉土を家の畑に撒く。

これで数カ月後、家の畑もすごいことになるだろう。

俺は両親の喜ぶ顔を思い浮かべながら眠りについた。



しかし、俺が両親の喜ぶ顔を見ることは叶わなかった。

なぜならこの数日後、今生の両親はあっさりと死んでしまったからだ。

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