第30話 フィールドワーク
カーゴを走らせてバーツク市の中央に向かったわたしたちは、おあつらえ向きに駐車場つきの公園を発見した。市民にとっての憩いの場として親しまれているらしい、中央公園である。
わたしは後に縁を結ぶことになるお姫様がその場にいることも知らぬまま、ヨハネと共に立ち入った。
と、その前にお弁当くらいは持っていた方が自然だろう。
そう考えたわたしは、公園前にある商店でパンを買い求めた。
ジャムパン、あんパン、コロッケパンの三つで五百ルート。ひとつあたりは百八十ルートなのだが、三つセットの割引でこの価格である。
いかんせんこの国では今やパンと言えば、大手企業が小売店に納品しているこのパンが一般的なモノである。これに勝てなければパン屋など開いても負けは必至だろう。
「けっこう人が多いわね」
パンを買ってから公園の中に入ったわたしたちは、思っていた以上の人の多さに驚かされてしまう。
まだ十時なのでお弁当を食べる人の姿はないが、かきいれ時とばかりにガレットとアイスの屋台が園内に乗り込んでいた。
ちらほらとそれらを購入する人の姿も多く、見たところチョコレート味が人気のようで、黒っぽい色をしたそれらを買っていく人が多い。
逆に甘酸っぱさが売りのベリー系は人気がないようで、わたしが試しに買ったガレット以外では誰も購入していなかった。
もしかしてジャポネでは酸味が苦手な人が多いのかな?
公女の口づけのようなお店もあるため全員がではないのだろうが、酸味は一般受けしにくいのかもしれない。これならライ麦パンにシフトした街のパン屋が現れなかったことにも理屈がついてくる。
「はい、これ。半分こ」
「ありがとう」
ガレットの購入後、ベンチにヨハネと並んだわたしは半分を彼に渡した。ヨハネが食べる姿をわたしは観察したが、彼は特にベリー嫌がっている様子はない。
そこでわたしは直接たずねてみることにした。
「ねえ、ちょっと聞いてもいいかな? ジャポネの人って酸味が苦手なのかな」
「それはわからない。少なくとも僕は嫌いではないが、僕じゃあ参考にならないだろうし」
「どういうこと」
「僕はあまり嫌いなものってのが無くてね」
「そっか」
彼は「何故嫌いなものが無いのか」という理由までは語らなかった。しかし、ならば普通のジャポネ人は酸味が苦手という推測はあながち間違いではないのかもしれない。
わたしはヨハネと並んで、ひとつのガレットをふたりで食べるという恋人ムーヴをかましながら屋台の売れ行きを眺めた。
公園の中には多くの人達がいる。屋台でおやつを買って食べる者、遊具で遊ぶ子供とそれを見守るお父さんお母さんらしき者、そして男女ふたりで甘酸っぱいアトモスフィアを放つ者。
みんな違ってみんな良い。
正直、親子連れなどを見たらわたしも将来はああいう旦那様と出会えるのかなと夢を見てしまうし、カップルを見たらわたしにはそういう相手がいた経験がないなと少し嫉妬してしまう。
そんなやっかみを、ヨハネと一緒という傍目には「お前の横にも男がいるじゃないか」と突っ込まれそうな状態で抱いていた。
まだこのときのわたしは彼とはそういう関係にないのだから仕方がない。
「そろそろ十二時だし、軽く食べちゃおうか」
「ようやく試食だね」
公園に訪れた人々を眺めているだけで時間が過ぎていき、お昼が近づいたところで、わたしは例の袋を開けることにした。
店売りのパンを袋から取り出して、半分に割ってヨハネと分け合う。手始めはジャムパンである。
「ん~」
「これはどうだろうね」
パンの中に入っていたのはイチゴジャムのようだが、酸味は弱くてとても甘いものだった。イチゴなので酸味より甘味を求める人だっているだろうが、それにしても日本で売られている標準的なジャムパンよりもこれは酸味がなかった。
やはり酸味が苦手な人が多いという予想の通りなのだろうか。
反論するならば、この暴力的な甘さには酸味が不要と言うだけかもしれないが、わたしとしてはイマイチな味と言わざるを得ない。
次に取り出したのは口直しの意味も含めてのコロッケパンだ。
流石にコロッケは揚げたてではないのだが、こちらは良い意味で予想を裏切って来た。
「すごい。揚げたてみたいにサクサクだ」
「本当だ。昔はこんなことは出来なかったのに」
ヨハネも知らないここ数年の進歩のようだ。
工場でフライにしたコロッケなのに、このパンのコロッケは袋を開けるまで揚げたてと同じサクサク感を保持していたのだ。
パン自体は特別美味しいというわけではないのだが、コロッケを受け止めるだけの最低限のモノではある。そこに極上のコロッケが挟まることで、値段から考えれば満足度の高い味に仕上がっていた。
ここまで二つのパンは一勝一敗とでも言えばよいか。
ヨハネが知る旧来のパンとも、わたしが知る日本のパンとも違う言わば「ジャパン(ジャポネのパン)」とでも言うべきモノは、やはり時代に合わせた商品なのだろう。
ジャムパンが甘ったるいだけなのに反してコロッケだけでもオカズにしたいほどに美味なコロッケパン。
では最後に残ったあんパンはどうだろう。
「あと残りは一つか。その前に飲み物でも買ってくるよ」
「だったらお茶をお願い」
口直しの飲み物を求めてベンチを立ったヨハネをわたしは眺める。
あまり意識を集中していなかったこともあってぼんやりとした視界だったのだが、そのぼんやりの内にわたしはあるものを見た。
人混みに紛れるヨハネとすれ違うように出てきた金髪の女性。彼女の顔に見覚えがあったからだ。
「フェイトちゃん? いや、別人か」
わたしはすれ違うその人と眼があったが、彼女もわたしを知っている様子などなく踵を返して去っていく。
髪の色が違う時点で他人の空似だとは思ったが、それにしても髪型や顔つきはとてもよく似ていた。
これも散々経験したシンクロニシティと言う奴かもしれないが、それゆえにまた先の彼女とはどこかで出会うかも知れないと、わたしの勘は告げていた。
「今の娘、マリーと瓜二つだったな」
一方で彼女とすれ違ったヨハネもまた、彼女の容姿に知人を浮かべていた。
当然ながら今は生きているハズのないかつてヨハネが憧れた女性、マリー・フォン・シュヴァルツランツェに彼女は瓜二つだった。
あくまでも外見が似ているだけなので、ヨハネも別人なのは重々承知している。だがあまりにも似ていたので、彼女の姿をもう一度見ようと振り向いたのだが、その姿は既に消えていた。
「おまたせ」
しばらくしてお茶を持ったヨハネが帰ってきたが、彼はどこか上の空という雰囲気である。
その原因が、先程すれ違ったかつての思い人のそっくりさんにあろうなどとわたしは知る術もなかった。
「どうしたのヨハネ? 見とれるくらいの美人でもいたのかしら」
「まさか。ちょっと知り合いに似た人がいたから気になっただけだよ」
「ほんとーだよね?」
「もちろん」
わたしは彼の答えにちょっとだけ焼きもちを焼いて、いたずらな眼で彼を見た。そうするとヨハネはいつもの調子に戻ったので、どうやら本当なんだろうなとわたしは彼を許す。
ヨハネはむっつりスケベだから、わたし以外の誰かにイヤらしい眼を向ける顔なんて見たくない。そんなわがままをわたしはいつの間にか胸の奥に秘めるようになっていた。
ちなみに最後に残ったあんパンは、いたって普通のわたしもよく知る味だった。その味にわたし少し安心を覚え、ちょっとしたヒントをそれに見出だした。
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