第28話 コンビーフニップル
電気ネズミは竜の夢を見るのか?
そういうタイトルの小説がかつて世界的にヒットした事がある。
ここでいう電気ネズミとは人工知能のことで、いわゆる僕のような存在を予期した作家の仮想がこの物語にはふんだんに盛り込まれていた。
この作品よりも後に誕生した僕はどうだろう。
先に結論だけ言えば見る───いいや、見れるのだ。
がさごそと物音を聞いた僕は「アマネがトイレにでも起きたのか?」と気にせず横になっていた。
僕は普通の人間ではないので寝る必要はないが、不眠がつづけば体にたまったストレスで不調をきたしてしまう。それにアマネには普通の人間だと認識していて欲しい手前、僕は布団を敷いて横になっていた。
普通の人間で言うところの眠いという感覚は僕にもある。というか、僕らの産みの親は人であって人でない存在を目指していたようで、僕らが眠れるようにとこの機能を組み込んでいたらしい。
うとうとと思考が混濁し、スリープモードに移行したことで、僕の脳裏には様々な記憶が写される。それはメモリーを整理するためのロジカルな処理のハズなのだが、その記憶はアマネのことばかりでロジカルとは遠い感情的なものだった。
普段の姿、ジャージの姿、コックコートの姿。どれも彼女の赤い眼がアクセントとなり、ボディラインの素晴らしさが引き立っている。
かつての僕はマリーのグラマラスな体によく劣情したものだが、今はもうアマネのことばかりだ。身近な華ともう手が届かない華ではどちらがよいかという話も含むとはいえ、過去に抱いたマリーへの気持ちが吹き飛ぶくらいに僕は自分が思う以上にアマネに恋をしていたようだ。
「ねえヨハネ、まだ起きている?」
スリープモードの僕は、それが現実なのか幻想なのかわからない。ただアマネが僕の寝床に来たとだけ認識した。
「一緒に寝てもいいかな?」
むにゅんと何かが当たる感覚に片眼を開けると、そこには裸のアマネがいた。
抱きついているので全裸かは把握できないが、少なくとも肩と背中は丸見えである。彼女の白い肌は綺麗でそのうえスベスベとしている。さわっているだけで心地が良い。
「ア、アマネ?!」
「ひとりじゃ寝付けなくて」
抱き着く彼女は僕を抱き枕代わりにしているのだろう。押し付けられた胸や絡まる脚の感触に僕はむしろ寝付けない。ドキドキが止まらなくて感情が制御できないのを感じる程に僕はこの刺激に酔っている。
これ以上はいけない。
これ以上は理性が保てない。
僕の同類からすれば「壊れたか」と言われても反論できないほどに、僕の感情は人間と同じものである。
男子たるもの意中の異性にこんなことをされて、正気を保てるものか。
「ヨハネは寝苦しい?」
「そ、それは」
「まあ服を着ていたら寝苦しくても仕方がないわよ。さあ、ヨハネも脱いじゃおう」
僕を脱がせようとして一度離れたことで、アマネの体を僕はようやく正面で捉えた。
どうやら彼女は全裸ではないようで、下は掛け布団が影となってまだ判断がつかないが、上は胸元を隠す乳当てのようなものをつけていた。
あれは牛か?
どうやら以前作ってくれたコンビーフパンに使用したコンビーフ缶に描かれた牛のデザインをあしらったニップルパッチで乳首だけは隠していた。
確かに雑誌の成人指定としては乳首さえ隠せばオーケーだよ?
でもそういう問題じゃないだろう。
そうとしか思えないアマネの格好に僕は理性を失っていた。
誘ったのはあくまでアマネだ。
僕だって彼女とそういう関係になりたいという淡い願望はあるので、彼女から求めてくるのなら願ったり叶ったりだ。
ならばもう行くしかあるまい。
服を脱いでアマネを押し倒そうとした僕は、その先の記憶を失ってしまう。今宵見た竜の夢はこれで終わりだからだ。
「おはよう、ヨハネ。今朝は少し遅いわね」
「ああ。ちょっと寝覚めが悪くてね」
「きょうの外出だけど、気分が優れないのなら明日にしてもいいんだから、無理はしないで」
「その心配には及ばないさ。体調はバッチリだから」
本当は心地よい夢だったので寝覚めが悪いというのは語弊がある。
だが、良いところまでいったのに寸止めで終わったという点で、鬱憤が貯まってスッキリしない夢なのは間違いがなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます