第24話 閑話休題(友達)
シャワーを浴びて着替えたわたしがリビングに向かうと、そこにはヨハネが待っていた。どうやらわたしが風呂場にいる間に外のシートを片付けて、飲み物を用意してくれたようだ。
「運動の後だから、簡単ながらスポーツドリンクを用意しておいたよ」
「ん? そんなもの買っておいたかな」
「水に砂糖、塩、蜂蜜を秘密の配分で混ぜ合わせて撹拌したものさ。トスカーさん譲りのレシピだから、安心して飲むといい」
「ではお言葉に甘えて」
手作りで、しかも十分もかからないほどの短時間にスポーツドリンクが作れるものなのか。そこは少し疑問ながら、自信満々なヨハネを信用してわたしはそれを一気に飲み干す。
味は微かに甘い程度の薄さだが、その味気なさのお陰で飲みやすい。手作りのスポーツドリンクとしては合格点と言えるものにわたしは少し驚く。
「お店で売っているのと違って薄いけれど、そのお陰か飲みやすいわね」
「まあね。ところで、話題が変わるけれどひとつ聞いても良いかな?」
「ん?」
「友達に教わったとは言っていたけれど、アマネは見た目に反して凄く腕っぷしが強いんだね」
わたしはドリンクを一気に飲み干したのだが、その横でヨハネは質問を投げ掛けてきた。
どうもヨハネにはわたしの格闘能力がとても高いものに感じたらしい。わたしとしてはフェイトちゃんに軽くあしらわれていた学生時代の経験からそのような自覚などなかったのだが、初めて腕前を披露した彼にはそう思えたようだ。
確かにヨハネを一息で投げ飛ばせたのは自分でも驚いた程ではあったが。
「そんなこと無いって。だって友達には一度も勝てたこともなかったし」
「謙遜しすぎだって」
「まあ確かにヨハネを投げ飛ばせてしまったのは自分でも驚いたけれど、それはパン屋の仕事で筋力がついただけだと思うし」
「本当にそれだけなのかな。僕にはアマネがアニメに出てくるスーパーヒロインみたいに見えたよ」
わたしだって女の子だし、腕っぷしが強いと誉められたところで何も出せない。まあヨハネには悪気はないので言われて嫌な気はしないが。
「そのアマネが勝てないって言うくらいだから、もしかしたらその友達が強すぎるだけなんじゃないかな。そもそも教わったということは、友達はアマネのことを心配して護身術を仕込んでくれたって事だろう? だったらその人は誰かにモノを教えられるくらいに腕がたつハズさ」
「言われてみればそうかも」
そう言われるとわたしも少しハッとしてしまう。
彼女───フェイト・ブルートアイゼンは思えば経歴からして人並みとは言いがたい存在だったからだ。
フェイトは大学に進学して独り暮らしを始めるまでは愛染総司という老人とふたりで暮らしており、彼女は彼を「おじいちゃん」と読んではいたが血の繋がりはない。
一応は遠い親戚らしいのだが、ドイツに暮らしていた彼女の両親が死んで愛染翁に引き取られるまでの詳しい経緯を彼女はひた隠しにしていた。
わたしとしては風変わりなおじいちゃんと生活しているドイツ人少女という認識でしかなかったが、改めて第三者目線で彼女のことを思い返すと確かに不思議な人だろう。
ヨハネが言うように「アニメのスーパーヒロインみたいな人」だと言われても納得出来る程に彼女は強さと美しさを兼ね備えていた。
「ミレッタはそのモジモジを直した方がいいわよ。変なことに巻き込まれたら大変だし」
「そう言われても……わたしだって直せるのなら直したいって」
「なら逆に考えよう。何かに巻き込まれても良いように、私が護身術を教えてあげる。これから毎日プロレスごっこでしごいてあげるから覚悟しなさい」
「何でそうなるの?!」
「だって直したいんでしょう? 私も前はそうだったけれど、体を鍛えたらいつの間にか直ったし」
「そのわりには奥手じゃない」
「それは言わないでよ、んもー」
わたしは中学一年生の夏休み前のやり取りを思い出して少し微笑んだ。
あれから確かにわたしはちょっとした自衛なら出来る程度に強くはなったが、彼女ほど物怖じしない性格にはなれなかった。だからわたしは自分の実力を「ズブの素人よりはマシ」程度に軽くみていたのだが、言われてみれば比較対照が悪かったのかもしれない。
そういえばときおり彼女は金属の小物をどこからともなく取り出したりもしていたな。もしかしたら本当に彼女はスーパーヒロインだったのかもしれない。
「♪♪♪」
「どうしたの? ヨハネ」
「アマネがにやけているから僕も釣られただけだよ」
「恥ずかしいなあ」
ヨハネに指摘されて初めてわたしは親友が実は普通じゃないのではと気付かされた。直接フェイトちゃんに質問したいことがいくつか浮かんだが、向こうに帰るまでは不可能な疑問だと、わたしは思い出のノートを閉じることとした。
彼女は幼馴染みの少年にずっと片思いをしていたが、わたしが帰る頃には告白のひとつも出来ているだろうか。他人から見ればスーパーヒロインなフェイトちゃんの泣き所を知っているのは、わたしが友達だからこそだろう。
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