第23話 初めての惚気

 ヨハネを誘って行ったプロレスごっこは、わたしのぶっこ抜きジャーマンからのスリーカウント勝利に終わった。

 フェイトちゃんが大学に進学し、わたしがパン屋に就職してからの二年ほどは誰かを相手にこういうことをしてこなかったのだが、ヨハネを投げ飛ばせた自分の膂力には自分で驚いてしまう。

 見た目や体重的には高校時代から然程変わったつもりがなかったのに、思っていた以上に力がついていたようだ。

 しかし少し気になって全力でダッシュしてみたり、ホームにある重たそうなものを持ち上げてみたが、どうも力が強くなった実感が沸かなかった。もとからこれくらいできる健康体だということを、このときのわたしは自覚していない。


「ちょっとだけだったのに、こんなに汗が出てきちゃった」


 プロレスごっこの後に軽い運動をしたわたしは、溢れる汗を袖で拭うがらちがあかなくなった。久々に誰かと戦ったりしたのでアドレナリンが溢れたのだろうか。

 ちなみに勝負の後のヨハネはシートの上に座り込んで、わたしの様子をぼーっと観察していた。その姿はどこか気の抜けた賢者モードのように見える。


「さっきは良い勝負だったわ。ありがとう」

「どういたしまして」

「お願いしてばかりで悪いんだけれど、シャワーだけでも先に頂いちゃってもいいかな?」

「それは構わないさ。好きなだけ行っておいで」


 脱衣場に移動後、わたしは汗まみれのジャージを脱ぎ捨てると、シャワーなので当たり前の裸で風呂場に入った。頭から被る温水が顔から首筋を伝って胸の谷間を濡らしていく。

 プロレスごっこで火照ったせいか、わたしは無意識ながら「まるでヨハネに見せつけるかのように」艶かしい仕草でシャワーを浴びてしまう。

 火照ったついでに頭に浮かぶのは現在唯一の身近な異性であるヨハネのこと。そういえば勝負中のヨハネは妙に興奮していたなと彼の態度を振り返りつつ、自分の行動を一歩さがって見つめ直す。


「かああ」


 そしてようやくわたしは過ちに気づいた。フェイトちゃんとやるときのように「プロレスごっこ」と称してなんでもありなレスリングを行ったわけだが、普通、女の子から「プロレスごっこ」と誘われて本当にレスリングをするとは思わないことに。

 子供に子作りの現場を目撃された両親の言い訳みたいな言い回しとはいえ、女の子の言葉としては「レスリング」よりも「性行為」の意味の方がまだ自然である。そう考えれば先程までのヨハネの行動にも辻褄が合う。

 いきなり居間で抱きついてきたのはその場所で事に及ぶと思ったからだし、開始当初に隙だらけだったのはわたしが押し倒すと思ったから。鼻息が荒かったのはわたしに欲情していたからだし、なんとなく手つきがイヤらしく感じたのはわたしの体を好きに触ろうとしたからか。

 流石に今のわたしにはヨハネとはそういう関係になることなど想像もできない。だがヨハネがわたしに性的な魅力を感じているのだろうことはわかったので、その点は少し嬉しかった。

 それにこの事を深く掘り下げようものならやぶ蛇なりそうだ。発端はどう考えてもわたしが悪いので、この事はシャワーと共に水に流すことにわたしは決めた。


「でも見た目よりもがっちりしていたし、アソコもそうなのかな」


 だが完全には水に流せないようで、わたしはヨハネを相手にまだ見ぬ一物を思い浮かべてしまった。もしかしたらフェイトちゃんとよくやったプロレスごっこしたせいで、彼女のむっつりすけべが本格的に移ったのかもしれない。

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