第22話 プロレスごっこ

 昼食を挟んだ昼下がりに僕はアマネに誘われた。

 なんでも僕とプロレスごっこがしたいという。

 それを聞いた僕の理性は狂い、思考にバグが混入してしまった。

 だって男女でプロレスごっこだよ?

 なまじ僕は彼女が気に入っているので、それがスラングの意味だと考えてしまうのも無理はない。

 デートの件で彼女の国での隠語を確認したからこそ僕はそう受け取ってしまった。その下調べがなければ、僕はそもそも「プロレスごっこ」という言葉の意味もわからない。

 なまじアマネも女の子なので、まさか本当に「プロ興行レスリングを模した組み手遊び」の意味でこの言葉を使おうとは思わなかった。

 冷静になれば興奮してソファーに押し倒そうとしたのを避けられた時点で気付くべきだったのかもしれない。


 僕の抱きつきを避けたアマネから「外で」と聞いて、僕は先に準備を整えた。野営用のシートを探してホームの前に敷き、寝そべっても痛くないように準備する。

 あとは彼女の登場を待つばかりだ。汚れても良い服装ということは、もしやそういうプレイがお好みなのか?

 もし同類に知られたら「流石の我らも変態すぎて引く」と言われそうなほどに僕は変な期待を寄せてしまう。もし僕の体が普通の男性ならば、勃起が止まらなかったであろう。


「お待たせ」


 やって来たアマネは新品の長袖ジャージを上下に纏っていた。

 体のラインが浮き出ていて、彼女の小さめながらしっかり主張するトランジスタグラマーに近い感覚の胸も、引き締まっていて大きめのお尻もくっきりである。

 この艶かしい肢体を好きにして良いだなんて、アマネはなんてイヤらしい子なんだろう。


「あら、このシートは?」

「物置から引っ張り出した野営用のモノだよ。これなら横になっても痛くないさ」

「準備が良いわね。じゃあ靴は脱いだほうが良さそうね」


 靴と靴下を脱いで素足になったアマネの足。彼女の白い肌が緑色のジャージに映えて食べたい程だ。

 先程からバグがスタックしている僕の思考は「アマネと早くプロレスごっこがしたい」という欲望に支配されている。紳士的に応対しているのが最後の理性という奴だろうか。


「では始めましょう。わたしから攻めるから、ヨハネは抵抗してね」

「来い!」


 アマネから攻める?

 まさか彼女が僕を押し倒すのか。

 ならば脱がせてくれるまでは自分から脱ぐのは無粋だろうと、僕は肩の力を抜いて棒立ちになる。

 一方のアマネは隙だらけな僕の左手を掴むと、地面と平行になるように腕を持ち上げてから急に引き寄せた。左手を引くと同時に右肩を押されたことで、テコの原理でクルリと僕の体は回ってしまう。そのまま綺麗な組伏せで僕はシートに叩きつけられた。


「激しいね」

「ヨハネが隙だらけなのよ」


 僕はそろそろタッチしても良い頃合いかと右手を伸ばそうとしたのだがそれは叶わない。彼女が肩を押さえた影響で右腕の筋肉自体が硬直して動かないのだ。

 僕の体は普通の人間とはだいぶ異なるが、骨格を包む筋肉が関節を駆動させるという人体原理に相違はない。なのでアマネが使うサブミッションも当然ながら有効だった。

 僕はかつて戦場に出たことがあるとはいえ、専らヴェアウルフを使用した防衛戦が主体で白兵戦の経験は薄い。後々考えればもし僕らの部隊を格闘技に秀でた特殊部隊に襲われていたら、おそらく僕は彼を護れなかったのだろう。

 この時点の僕はまだアマネが思っていた以上に格闘技を得意としているなど知らない。なので触らせてもらえないストレスに焦らされながら、彼女の腕の中でもがいた。


「ももも、もうちょっとなのに」

「ふふん。完璧に決まった状態から抜け出せるかしら」

「ぎぎぎ!」


 僕は少し無粋ながら自分に備わった機能を発動させた。

 胸の奥に秘められた炉心と今は偽装し隠されている分身ヴェアウルフをリンクさせて、搭載されたジャポニウムリアクターの力を拝借したのだ。

 久々に出力が上昇したリアクターの機動音が微かに響くが、アマネには聞こえないだろう。

 僕を構成する人工筋肉はリアクターから供給された過剰な出力で隆起し、漫画みたいにパンパンと膨らむ。パンプアップが微かに広げた隙間を縫って、僕はアマネの拘束から逃れた。

 妙に慣れた身のこなしをする彼女は僕のタッチをかわしており、ジャージ越しの肢体に触れなかったことを僕は悔しく思う。だがプロレスごっこはまだ始まったばかりだと、僕は鼻息を荒くした。

 ちなみにリアクターから過剰な力を借りたせいで体が熱いので、この鼻息の荒さはただの興奮だけではなかったりする。これをやると体温調節が難しくなるのがたまに傷だ。


「見た目よりも力が強いのね。まさか無理やり抜け出すなんて」

「まあね。でもそろそろ寝技をしたいとは思うんだけれど」

「そうやって変なことをする気でしょう。簡単にはやらせないんだから」

「では実力でやらせてもらうよ」


 冷静に受けとればアマネは僕の下心を見透かした上でさせるつもりがない回答をしていたのだが、逆上せていた僕は腕ずくで押し倒さんと力んだ。

 体重を移動させて前屈みになった瞬間に、フェイントのように足首の力だけで前に踏み出た。

 虚を突きつつも体当たりのような過剰な威力は無いこの抱き付きで、今度こそアマネを押し倒せると目論んだ。

 あまり好んで取得した訳ではない従軍時代の隠し芸だが、今はこの技が頼もしい。

 そんな甘い考えだったのだが、それは彼女には通じない。


「やるじゃない」


 僕の抱き付く動きに追従したアマネは腰を落とし、逆に彼女から僕を受け止めたのだ。

 肩をぶつけ合いながらの膠着はラグビーのスクラムさながらであろう。

 もう少しだったのにと思う僕はそろそろ自分の勘違いを察してきた。まさかこのプロレスごっこは本当に、イヤらしい意味など含まないプロレスごっこではなかろうかと。

 いわゆる賢者モードになった僕は自分の浮かれ具合を認識して気恥ずかしさに苛まれてしまう。アマネはその隙を見逃さず、女の子とは思えないバネで僕を投げる。


「えいや!」


 スクラムの状態から浮き足だった僕を掬い上げるスープレックスが炸裂し、そのまま僕はマットの上に叩きつけられた。

 アマネはブリッジの姿勢で百八十度回転して投げたことで、彼女の腰の動きが受け身の役割になって僕は痛くない。むしろこんな姿勢で僕を投げ飛ばせるアマネの足腰の強さに脱帽である。

 そういや鍛えて引き締まった下半身の女性は素晴らしいとは過去に得たデータにあったので、さぞかしアマネとの会瀬は甘美なのだろうな。そんな邪念を抱きつつも、プロレスごっこは僕の敗けで幕を閉じた。

 幸い僕の暴走はアマネによって力ずくで防がれたので、残念ではあるが余計な波風立てないという意味では事なきを得た形であろう。

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