第13話 利用料

 わたしがトイレに行っている間、ヨハネはトイレの前にあった案内板を眺めていた。

 このときのわたしはまだ知らないのだが、前回ヨハネがバーツクをおとずれたのは九十年以上も昔である。しかもヨハネが元々住んでいたのはベルツというもっと首都に近い街だったので、たとえその当時と変わらない街並みであっても彼は地理には明るくない。

 しかも他人と繋がりうる電子デバイスを山に入る前に手放していたヨハネには、この案内板以外に頼れるものがなかったそうだ。


「図書館はここから近いようだ」


 そこでヨハネが探していたのは図書館だった。

 わたしの認識としては「本やパソコンを借りられる公共施設」という認識ではあるが、ジャポネでも概ね変わらない。

 ここならヨハネも疎い地理や近年の社会情勢を調べるのにぴったりであろう。


「お待たせ」


 そしてトイレから戻ってきたわたしはその事を告げられる。


「アマネも行きたいところがあるだろうけれど、まずは図書館に行かせてくれないかな」

「良いけれど、またさっきので行くの?」

「いいや、歩いて五分ほどさ」

「よかった」


 図書館ならばこの国の情報を得られるだろうとわたしも考えたので、ヨハネの提案には異論はない。

 ひとつだけ不安があるとすれば街中でジェットブーツは恥ずかしいくらいだが、とりあえず図書館まで行くのには不要だと聞いてわたしは胸を撫で下ろす。

 図書館に到着すると、入り口にはゲートのようなものと券売機が並んでいた。この街では図書館利用は有料なのかなとジーンズのポケットに手を伸ばしたところで、今更ながらわたしは自分のポカに気がついた。


「あ、あれ?」


 財布がない。

 この世界に来た時点でスマホだって失くなっていたのだから、財布もないと考えるべきだったことを、わたしは今さら思い浮かべてしまう。

 それどころか仮に財布があっても通貨が違うので使えないのだがそこまで頭が回らない。

 あたふたと慌ててしまい、それで余計に恥ずかしいと顔を赤らめるわたしは震えてしまう。

 ゲート横の司書室から覗く職員の目線が「金もないのにここに来たのか、あの見知らぬ女の子は」と責めているように感じてきて、わたしは自分で自分を責めてしまう。

 そんなわたしを後目にヨハネは小窓の先にいる司書に語りかけると少しして戻ってきた。泣きそうなわたしの手をぎゅっと握りしめたヨハネは優しく語りかけた。


「これはアマネのぶん。さあ入ろう」

「ヨハネ~」


 どうやらヨハネはわたしが無一文だということをわたし以上に理解していたようだ。

 何年も……後で計算したところ約百年も引きこもっていたとはいえ、彼はお金を持っていた。使い道もなく私蔵していた五十万ルートもの大金があれば、図書館の入場料くらいたいした出費ではないらしい。

 ちなみにジャポネの通貨ルートを日本円に換算したときの価値は十ルート=十二円程になるそうだ。

 忘却していた自分が悪いとはいえ、何も言わずにフォローしてくれたヨハネに対してわたしは抱きついてしまう。こんな態度、いままでフェイトちゃんのような一部の親友にしかとったことなんてないのに。


「落ち着いてくれアマネ。あんまり興奮するとその……なんだ……」


 バツが悪い態度をとるヨハネの様子でわたしはようやく自分のしたことに気付いた。

 たしかにこれは恥ずかしい。

 いままで街で抱き合うバカップルにイライラとすることが何度かあったが、まさに今の自分がその状態なので自分がそういう風に見られるのだと自覚したら顔が赤くなる。


「わかったのなら行こうか」

「うん」


 わたしはヨハネから離れると、しおらしい態度で彼の後にしたがった。

 どうしてわたしは彼にここまで心を許しているのだろうか。

 その理由がわからないわたしの胸は疼いていた。

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