第12話 ジェットブーツ

「速い! 速いよヨハネ!」

「ならもっと速くしようか」

「そうじゃない!」


 ヨハネの上に乗ったわたしの意見を勘違いしたヨハネの暴走は続く。


 朝食を終えて出発の準備を整えたわたしたちは、ヨハネの用意したあるもので山を降りることとした。


「なにこの椅子みたいなの?」

「みたいではなく、まさしく椅子さ。アマネはこれに乗ってもらおうかなと」

「流石に街までおぶってもらうなんて無茶だって」

「生憎コレが一足しかなくてね。背負うだけなら余裕さ」


 ヨハネは背負いの椅子とセットで使用するというコレをわたしに見せた。


「充電式の軍用ジェットブーツさ。連続六時間は稼働できるから、街まで往復してもエネルギーは持つはずさ」


 ヨハネが持ち出した靴には大きめのタイヤが四つにノズルが二つついていた。それが左右一足のセットになったもののようだ。

 わたしには装飾のついたローラースケートのようにしか見えないが、モーターが内蔵されていて自走出来るので小型のセグウェイに近いようだ。

 半信半疑ながら椅子に座ったわたしをヨハネが背負うと、ジェットブーツの車輪は山道もなんのそのと走り抜けていく。

 山中とはいえ土は固くて藪は浅いこの山の地盤のお陰もあるのだろう。

 最初はゆっくりとした移動速度だったのでわたしも観覧気分でヨハネの背の上を楽しんでいたのだが、問題はここからである。小一時間ほど森の中を走って舗装された道に出たところで、ヨハネが豹変したのだ。


「お疲れ様。ようやくここまで来たね」

「そういうヨハネこそ重くなかった? 休憩していこうか」

「この程度は問題ないさ。それよりも早く街についたほうが、向こうでゆっくり出来るじゃないか」

「それは一理あるわね」

「ここまで来ればあとは舗装された道だから飛ばしても平気だからね。全速で行こう」


 そう言うとジェットブーツの本気を稼働させたヨハネはスピードにとりつかれたようにしかわたしには見えなかった。

 ブーツのノズルからは青白い炎が噴出しており、もしかしなくてもあれはジェットエンジンなのだろうか。あの炎を吐き出し始めてからの速度はそれまでの比ではない。

 車やバイクなどひとつも走っていないオープンスペースを疾走するヨハネの時速は百キロではきかないだろう。久々の高速走行に機嫌を良くするヨハネと違って、椅子に座ってその上に乗っただけのわたしにはこの速度は恐怖でしかない。

 あげく減速してほしいと思って声をかけても逆に加速を始める始末。ジェットコースターみたいなスピードへの恐怖におしっこが漏れそうになる。

 そもそも自動車ですらないこんな道具でこれほどのスピードを出しても大丈夫なのだろうか。そんな風にいろいろな心配をしている間に街に到着した。


「ここがシホウの麓にあるバーツク市さ。久しぶりだけれど、やはり市街地は人が多い」


 舗装路に入ってからはものの三十分ほどの到着である。

 このバーツクはシホウからもっとも近い商業都市であり、人盛りで賑わっていた。

 流石にヨハネも他人の姿が見えてからは減速してくれたとは言え、わたしの膝は恐怖でぷるぷるである。椅子から降りてもゆっくりとしか歩けない。


「待ってよヨハネ」

「すまない。歩くのが早かったようだね」

「流石に飛ばしすぎよ。怖くて腰が抜けてしまったわよ」

「久々のジェットブーツで加減が利いていなかったようでゴメン。もう少し背負っていくかい?」

「それは恥ずかしいからいい。それよりもあそこで少し休憩させて」

「あれは……わかった。僕はここで待っているから」

「ありがとう」


 わたしが見つけて「休憩させて」とせがんだのは公衆トイレである。日本と同じマークなので一目でわかったそれに入ったわたしは一心地ついて、漏れそうになっていたおしっこを水に流した。

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