北村 悦子(キタムラ エツコ)の場合④

「着きました。」


駐車場に車を入れると目の前に大きなネオン看板があり「Star Dust」と描かれていた。


恐らく夜はきらびやかにあかりがともるのだろう。


彼が店のドアを開けると中から客の賑わう声が漏れてきて、明らかに英語が飛び交っているのがわかった。


少し気後れしていると、彼が私の手を取って店内まで導いてくれた。


「Hi Ginzi-san いらっしゃーい」


青い目の薄い茶色い毛の女性が銀次さんに声をかけてきた。


彼がその女性と何やら英語で少し話したあと彼女が私たちを窓側の席まで案内してくれた。


「どうかな、この雰囲気は。」


少し落ち着いて店内を見回すと、外国人ばかりでなく3分の1くらいは日本人ぽい若者がいるのがわかり、ちょっと安心した。


「日本人も結構いるんですね。」

「あぁ、この店はもうここで長いから、地元民には普通に利用されてますね。」


「なるほど。」

「まあ、ドッグが近いから平日のランチや夜のバータイムでは、大半がドッグの連中で埋め尽くされますけどね。」


そういうと銀次さんはにっこりと笑った。


先程の青い目の女性が注文を聞きに来た。


メニューは日本語でも書かれていて、オススメを聞くと銀次さんも青い目の彼女も迷わず「ハンバーガー」を勧めた。


言われるままに頼むと、すぐに瓶のコーラが出てきて、コップも無しに置かれた。


銀次さんが気を遣ってコップを頼もうとしてくれたけど、私はあえてそれを制した。


「やっぱ、アメリカ式で!」


そう言ってコーラの瓶を掲げ銀次さんと乾杯の仕草をして、瓶の口から直接コーラを飲んだ。


少しむせそうになるが、なんとか耐えて銀次さんに


「美味しい!」


と少し強がった。


「So Cool!」


銀次さんも一言いうと、再び瓶を合わせてコーラを飲んだ。



「楽しかったー」


店を出ると素直に気持ちを伝えた。


「それは、よかった。でも、驚いたよ。」

「何が?」


「いや、君、英語は全くって言ってたから、気を遣ってたら、シーラ(店員の青い目の彼女)と、いつのまにか英語で喋ってるし、他の友人も巻き込んで最後は店中パーティみたいになって、とてもランチタイムとは思えない盛り上がりになって、シーラも店を出るとき君のこと「何者?」て笑ってたよ。」

「あら、少し騒ぎすぎたかしら。」


「あはははは、いいねー悦子さん、ただのお嬢かと思ってたけど、僕の見立てが間違ってた。益々好きになりそうだ。」

「えっ?」


銀次さんがサラッと言った言葉にはさっきまで大胆だった私も、直ぐに返答できなかった。


「ん?どうしました?」


銀次さん、わざとなのか、案外鈍いのか、ちょっとだけ彼のことを理解できなくなった。


「さて、いつのまにか夕方だね、じゃあ車に乗って。」


そう言って車に乗せられると、横浜の高台の方に車を走らせた。


駐車場に車を止めて少し歩くと横浜の街が一望できるところまで連れてこられた。


「野毛山公園は初めて?」

「はい、初めてです。」


片方には港方面、片方は横浜市内が一望できて、夕暮れ時のオレンジがかった街並みが素敵だった。


ふと横を見ると銀次さんが同じく街並みを見て目を細めていたが、彼の顔も半分が夕日に照らされ影を作ったもう半分の顔とのコントラストが映えていて、胸がキュンと締め付けられるような感覚になる。


しばらく無言で日が沈むのを見ていたが、やがて街に灯りがともりさっきまでの夕焼けとは違う夜景が映えはじめ、煌めく夜の横浜が目を覚ました。


その時

銀次さんはそっと私の肩を抱いて、少しだけ力を入れて私を引き寄せた。


私もなすがままに身体を預け銀次さんの二の腕あたりに頭をもたれかけた。


「今日は楽しかったですか?」


銀次さんが聞くと


「もちろんです。日頃経験できないことが出来たし最後はこんな素敵な夜景まで見れて…最高に楽しかったです。」

「今日が最高と思わないでほしいな。」


「えっ?」

「これから、毎回会うたびに最高を更新するから。」


「あ、はい、楽しみにしています。」

「悦子さん、これからも僕と一緒に最高の時間を過ごしてくれるかい?」


私はコクリと頷いた。


次の瞬間頷いたアゴをグッと引き上げられ、同時に肩にまわされていた手が腰の辺りに移ってグイッと持ち上げられると、一瞬にして唇を奪われた。


2、3秒後、唇は少し離され、彼が私を見つめたが、同時に私は彼の首に手を回し、今度は自ら唇を求めた。


長く甘いキスが続いた。


周りに少し人がいたかもしれなかったが、全く見えていなかった。

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