糀谷 祐希(コウジヤ ユウキ)の場合⑪

ミリヤさんから謎のネックレスを借りた私は、翌日さっそくそのネックレスをカバンに入れて持ち歩いた。


大粒の石で作られたそれは、けっこう重かったが、肌身離さず持ち歩くよう言われたので、少し大きめの化粧ポーチに入れて、昼休みにも持ち歩くようにした。


会社から帰るとネックレスを出し、部屋の北側にそなえて


「彼から連絡が来ますように」


と祈った。


すると翌日の夕方に真司さんからメールが入って驚いた。


その内容は今日会えないか、というものだった。


いきなり効果ありで驚いたが、未だ何の話かもわからない。


ひょっとすると別れ話かもしれないし、油断は禁物だ。


しかし、取り敢えず7時に新宿の喫茶店で待ち合わせることにした。



「よう、久しぶり。」


真司さんは全く普通な素振りで登場した。


私は言葉を発することができなかったが、真司さんは私の前の席に座ると店員を呼びコーヒーを注文した。


「しばらくご無沙汰しちゃったけど、元気だった?」

「えっ?あ、はい、元気でした。」


正直拍子抜けするような第一声に戸惑った。


「いやぁ、予定より伸びちゃって、連絡も取れずにごめんね。」


真司さんは、そういうと、今来たコーヒーを一口啜った。


「……。」

「いや、ほら出張、カンボジアの田舎町だったからろくに電波も入らないこと多くてWi-Fi持っていったけど、メールもなかなか届かなかったから、心配してんじゃないかと思ったけど、どうしようもなくて。」


「えっ?出張?カンボジア?」

「ん?やだなぁ、行く前に言ったよね。先々週の花見の後に、来週からカンボジアでしばらく会えないし、田舎に行くからメールも出来ないかもって。」


「え、あー…そう…だったね。」


いきなり、なかったことになってる。


私が犯した失態のことは、話題に上がるどころか、彼の記憶から全く削除されている。


それから、二人で食事をして明日彼は早いからと、9時過ぎに別れたが、次のデート予定も決めて、何のわだかまりもなく、過ごせた。


このネックレス効果を改めて感じ、驚いた。



「え?マジ!」

「うん、マジ、ビックリ!」


早速次の日、美希に報告をした。


「すごいね、それ、ミリヤさんの魔法…かな」

「うん、ちょっとビビった。」


「だよね、ちょっとだけ…こわい…ね。」

「う、うん。」


正直ちょっと怖かった。


相手の記憶から不必要なところが削除されていたなんて、本当の魔法としか考えられない。


つまり、ミリヤさんは本物の魔女、としか考えられない。


こうなると、なんかうまくいっていること自体が大丈夫なのか、疑わしくなった。


次の真司さんとのデートの時、彼に思い切って御苑ぎょえんデートの日の私の醜態しゅうたいを覚えているか聞いてみようと思った。


ひょっとすると彼の優しさで、ワザと忘れたふりをして、折角のデートを楽しませてくれたのかもしれない。


とにかく真相を確かめてみようと思った。


「ごめん、待った?」

「ううん、全然大丈夫だよ。」


彼はいつも通りの笑顔だった。


「え?醜態?」

「そう、御苑デートの日の私の言ったこと覚えてる?」


「何のこと?君が言ったこと?」


やっぱり覚えてないようだ。


恥を忍んでその時のことを話した。


「え?君が、そんな話をしたって?嘘だ。あ、もしかして、からかってる?出張で二週間もほっておいたから、腹いせ?」


私はなるべく落ち着いたトーンで、そうじゃないことを説明し、その時の彼の態度についても説明をした。


「僕が?ユウキさんをさげすむ?あり得ない。」


そう言って目の前のコーヒーを一口啜った。


「表現が合ってるかわからないけど、少なくとも真司さんは私の話に呆れて、その日はそこで別れたのよ。」

にわかには信じられないな。」


「じゃあ、もし、私が今突然、そういう話をし始めたら、真司さんはどうする?」

「お酒が入ってないとしたら…ちょっと引くかな」


「でしょ。それが普通だって友達にも言われたから、間違いないと思うの。」

「じゃあ、何で僕はそのことを覚えてないのだろう。」


「実は…。」


彼にミリヤさんの占いのこと、その効果であなたに会えたこと。


そして今回の出来事の経緯を説明した。


「マジで…さらに信じがたいけど。」

「普通そうだよね。占いは魔法じゃないんだから。」


「でも…」

「?」


「でも、もしそうだとしても、君に会えたことには、感謝するよ」

「真司さん…」


「占いに頼り切るのはどうかと思うけど、僕らの出会いのきっかけになったなら、それはそれでよかった、くらいに思うのが、ちょうどいいんじゃないかな。」


確かに真司さんの言う通り、占いは所詮しょせんはきっかけと思えばいいのかも。


少し気持ちが落ち着いた。




「あ、いらっしゃい、どうだった彼女?」

「どうも。上手くいきましたよ。」


「そう。」


そう言うとミリヤは奥のキッチンで紅茶を淹れ始めた。


「あの時は、マジでやめようか考えましたけど…」

「けど?」


「ミリヤさんに言われたように、もう少し様子を見てもいいかも、とは思いました。」

「真司くん、懸命だわ。」


「32年間彼女いない歴を変えてくれたミリヤさんですから、信用はしてますけど。」

「よろしい。ユウキさん、少し難はあるけど、顔やスタイルは申し分ないでしょ。」


「はい、それはもう。あの下ネタ言動には参りましたけど…」

「欠点は誰にでもあるものよ。要はどこまで目をつぶれるか、ま、あのガラス玉のエメラルドに不思議な力が宿っていると恐らく思い込んでるでしょうから、そこはそっとしとくのが、得策よ。」


「ですね。なんとかモノにできるように、頑張ります。また、コンサルよろしくお願いしますね。あ、これ今月の…」

「ありがとうございます。」


そう言いながら、ミリヤは厚みのある封筒を受け取り、無造作に引き出しにしまった。


「にしても、僕らみたいな金持ち童貞を相手に、あこぎな商売をして、さぞや儲かってるでしょう。」

「人聞きの悪いこと言わないでくださる。十分人助けにはなってると思うけど。」


「人助け…ね。ものはいいようですね。じゃ、また。」


そう言うと真司はミリヤの部屋を後にした。


了。




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