糀谷 祐希(コウジヤ ユウキ)の場合⑧

「おはよー!」

「あら、美希さん、おはよう」


「ん?なーに、その余裕な態度!まさか?」

「はい、し・ん・て・ん、しましたわよ。」


「えーー!」


他の社員が一斉に振り向いた。


美希をヘッドロックして、急いで更衣室に入った。


「イタタタ、ちょっとわかったから離して!」


ロッカー前で解放した。


「ちょっと進展て、まだ、2回目のデートよね。どこまで?」


私は唇を尖らせた。


「やだぁ、はしたなーい。」

「羨ましい?」


「……。」

「う・ら・や・ま・しい?」


「はい、羨ましいです…。」

「え?聞こえませんね。」


「羨ましいです!」

「よろしい、では、お話して差し上げます。」


こうして、また、昨晩の一部始終を美希に語った。


「はぁー、マジいいわー、その中学生ワールド。」

「でしょ、でしょ!ホントなんか新鮮ていうか、忘れていた感覚、よかったぁ」


「あー、ダメだ。今日は仕事にならん!」


そういうと美希は足でロッカーを閉めて大股で出ていった。


それから、私はきちんと毎日ミリヤさんからの言い付けを守り、朝はリンゴを食べ、化粧も言われた通りにして、紫小物も欠かさず付けた。


3回目のデートは一週間後だった。


何度も恋愛はしてるけど、これほど長く感じる一週間はなかった。


あまりに待ち遠しくて、早めに家を飛び出したため、ミリヤさん言い付けの紫小物(シュシュ)を忘れてしまった。


「やあ、待った?」

「ううん、今来たとこ」


お決まりの挨拶を交わし、その日のデートが始まった。


今日は東京では見頃を過ぎたと言われる桜を観るデートだ。


「ほら、どう?」

「きれい…」


「だろ、この新宿御苑では、今からが見頃な桜がたくさんあるんだよ。」


そう、所謂いわゆるソメイヨシノの見所は既に葉桜になりつつあるところが多いけど、ここ新宿御苑では、別の種類の桜が沢山あって種類によっては四月の終わりくらいまで咲いている桜があるらしい。


「あ、」


彼が手を繋いできた。


私の戸惑いをわかっていて、チラッとこちらを見て、にこりと笑った。


私も少し力を入れて握り返した。


すでにキスをしてるのに、真っ青な空の下で手を繋ぐほうが、恥ずかしく感じられた。


同時に幸せな感じもキスの時より強かった。


「ほら、これはまだ蕾もあるけど、一葉いちようと言って大きな八重の花びらをつけるんだ。見頃は来週あたりかな。」


彼は元々動植物が好きらしく、思ってた以上に知識が豊富で、初めて知ったことも多かった。


「真司さん、物知りですね。」

「そうかな、まあ、好きだからつい調べちゃうんだよね。」


彼の説明を聞いて飽きなかったけど、もう二時間近く歩いてたので、流石に足が疲れた。


「少し休もうか。」


彼も察してくれたようだ。


「ここ、御苑の中にある茶寮だよ。この券売機でチケット買うんだけど、ほら見てごらん。」

「え?あ、お抹茶ひとつしかない。」


「そうなんだ、メニューひとつなのに何故か券売機がある。」

「うふふ、なんか面白いね。」


そう言いながら彼がチケットを二枚買って中に入った。


部屋の壁沿いに横長の席が設けられている。


土曜日で少し混んでいたが、お抹茶しかないためか、若いカップルや子供連れがいなかったため、ちょっと落ち着いた雰囲気だ。


少し待つと席に通され、座って1分も経たないうちにお抹茶とお菓子が運ばれた。


「美味しい。」


思わず口をついた。


「なんか、落ち着くね。」


少しタレ目な彼のホッとした表情が、可愛らしかった。


菓子も桜の花びらをかたどった練りきりで、春の香りを感じた。


お茶とお菓子を堪能したあと、再び御苑を散策した。

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