上田 春子(ウエダ ハルコ)の場合③
母には病院に行くと言っても嫌がられるかもしれないと思い、私の健康診断に行くついでに買い物をしようと誘い出した。
「え?なんで私まで検査をするん?」
「あー、ほら、母さん最近健康診断とかしてないでしょ?さっき病院の先生に聞いたら空きがあるから、お母さんもついでに受けたらって言われたの。」
我ながらむちゃくちゃな理由づけだとは思ったが、案外母は素直に健康診断なら受けると言った。
これもひょっとすると普通ならおかしいと感じることが、認知症のためにそういう感覚が鈍っているのかもしれない。
病院の先生には受付時の問診表に母親には病気のことは知らせずに連れてきたことを書いておいたため、先生も上手に対応してくれた。
一通り目やのどや首の辺りを診るフリをして、次に
「では、上田さん、今から言う言葉を覚えてください。」
先生は3つの関連性はなさそうだが、簡単な単語を並べた。
そのあと、少しだけ母に雑談を持ちかけ、その直後に
「ところで上田さん、さっき私が言った3つの単語を順番に言ってみてください。」
「え?あ、えーと…んー、なんでしたっけ?最近物忘れがひどくて」
と言って母は力なく笑った。
その姿を見て私は全身から血の気が引いた。
しかし、顔には一切表情を出さなかった。
「ただいま。」
「おぉ、お帰り、どうだった!」
玄関に入るなり父が
「ちょっとお父さん、あとで」
そう言って遅れて入ってきた母の方を
少しうなだれて父は居間に戻った。
母が居間でテレビに夢中になったところで、父を台所に呼び出しダイニングに座ってお茶を淹れた。
「やっぱり…認知症の可能性は高いって。」
「……」
「まだ、初期みたいだから、薬や療法で進行を遅めることはできるみたいだけど、やっぱり止めることや治すことはできないって。」
父が震えているのがわかった。
「何も…」
「え?なに?」
「何も悪いことはしてへんのに。」
「……」
「なのに、なんで母さんなんや…そんな
急に大声でテーブルを叩く
「ちょっとお父さん、やめて。お母さんが変に思うでしょ」
しかし母は音に気付きチラッとこちらを見ただけですぐにテレビに向き直って大声で笑いだした。
「あれでも、進行は始まったばかりなんか?」
父がやり切れない思いでいっぱいいっぱいになっていることを感じた。
「お父さん、まずはお父さんが冷静になって、お母さんを少しでもお母さんのままでいられるように治療を始めよ。」
本当は私も父同様机を叩いてなぜた!と叫び泣きわめきたかった。
どんなに進行を遅らせても認知症の末路はわかっていたから、余計にやり切れない気持ちが湧いていたが、父に先を越されてしまったため、結局なだめ役にまわってしまった。
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