上田 春子(ウエダ ハルコ)の場合②
「お帰り、外は寒かったろう。」
「あ、お母さん、うん、寒かったよ」
「せやろ、ちょっとコンビニ行くんでも、気ぃつけなあかんよ」
「え?あ、うん。」
少し違和感を感じたが、それほど気にはしなかった。
しかし、夕食のあと、母が
「春ちゃん、今日の晩は何食べたい?」
一瞬言葉を失い、次に背筋に
そして、昼過ぎに東京から帰ってきた時の母の言葉を思い出した。
『ちょっとコンビニ行くんでも、気ぃつけなあかんよ。』
母は私が東京から帰ってきたという認識はなく、ちょっとコンビニに行っていたと思っていた。
いや、そもそも私がこの家から離れて暮らしていることを認識していないのだ。
母が休んだあと、まだ起きていた父に尋ねた。
「気ぃついたか…つい2カ月前からや、ちょっとずつ話が噛み合わなくなった。」
「病院は?」
「本人は何とも思っとらんのや、病院なんか連れて行かれへんわ」
「そんな…あかんやろ、ちゃんと診てもらわな。」
「診てもらって治るんかい。」
吐き捨てるように父は言った。
「医者で治るんやったらとっくに診せてるわ」
「……」
「医者で…認知症言われたら…どうすりゃいい?」
「……」
「え!どうすりゃいいんか、おまえはわかるんかい!」
父のこんなに動揺する姿を見るのは初めてだった。
父も床についたあと台所のテーブルに座ってお茶を飲んだ。
何時もならこの瞬間、家に帰ってきたという安堵感が湧き、全身からフッと力が抜けてホッとするはずなのに、今日は全身から緊張が解けない。
「認知症…」
呟いて改めてその言葉の重みを感じた。
でも、今は色々な薬も開発されて完治は出来ないが進行を遅らせることはできると聞いたことがある。
それに薬に頼らない脳トレのような療法で元の自分を取り戻したという話もネットの記事で読んだことがある。
父の絶望感は理解できるが、このまま何もせずにはいられない。
翌朝、父を説得してまずは病院に連れて行くことになった。
会社に事情を説明して、そのまま月曜日に有休をとって日曜日にネットで調べて信頼出来そうな病院をいくつか見つけ、第一候補から電話をしてみた。
一番良さそうと思った病院はその日はすでに予約で埋まってしまい、最短でも来週の月曜からしか予約は取れないと言われた。
一瞬諦めようかと思ったが、そこをセカンドオピニオンと考えて来週の月曜の予約を入れた。
次に第二候補の病院に電話をしたところ、午後の診療なら空きがあると言われすぐにお願いした。
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