第5話 上田 春子(ウエダ ハルコ)の場合①

「調子はどう?」

「ボチボチかな…」


実家に着くと毎回母と同じ会話から入る。


「おぉ、春子、お帰り。」


ダイニングの椅子に腰掛けて新聞を見ながら、少し老眼鏡をずらして声を掛けてくる父の姿もいつも通り。


「お茶でいいかい?」

「うん。」


そう言ってダイニングの子どもの時からの私の定位置に腰掛けて一連のルーティンが完結する。


「そういえば、先週春子が帰ったあとにさ…。」


ここからは母が一方的に留守中の出来事を語り出す。


私は今年53歳、母は81歳、父は83歳、典型的な老齢家庭。


しかも私は独身。


今まで一度も結婚をしたことはない。


父や母も45歳くらいまでは

「誰かいい人はいないのかい。」

と事あるごとに言っていたが、妹が結婚して初孫ができてからは一切言わなくなった。


八つ下の妹は、ちゃんと三十代前半に結婚をして子どもも二人できたから父や母も孫には恵まれたので、それで満足したのかもしれない。


私の結婚はもう諦めたみたいだ。


妹は旦那さんの仕事の都合で今は北海道に家族といて、正月以外実家に帰省することはないため、年老いた父母の面倒は必然的に私がみることになっている。


とはいえ私もこの春に転勤になり、今は住み慣れた大阪の地を離れ東京で一人暮らしになったため、週末だけ大阪は泉佐野市の実家に帰るようにしている。


転勤仕立ての頃は、年老いた両親から離れたことがなかったので、心配もあり、毎週帰らないと気が済まなかったが、単身赴任になり五カ月、最近少ししんどく感じるようになってきた。


私は今の東京赴任まではずっと実家暮らしだった。


いや正確には地元大阪の外語大学を出て今の会社に新卒で入り、現場経験を積んで三年経った時アメリカの支社への赴任を命じられた。


私も血気盛けっきさかん?な二十代前半、学んできた語学を生かしたいと入社当初から海外赴任は希望をしていたので、アメリカ赴任の辞令は望むところだった。


両親は今まで私を手放したことがなかったこともあり、相当心配していて、見送りの際は今生こんじょうの別れかと言うくらい、両親して泣き崩れた。


さらには一年も経たないうちにアメリカまで両親揃って会いにきた。


少し呆れていたが、両親の私に対する愛情の深さを改めて感じた。


でも、アメリカでの私の充実した生活をの当たりにして、少し安心したようで、その後は月に一回手紙を寄越すくらいのことで済むようになった。


そのアメリカ生活も3年が経ち、凱旋?帰国することになった私は、再び大阪の本社勤めになり、実家に戻ることになった。


両親はことのほか喜び、帰国時は親戚中に声をかけて宴会まで開く始末だった。


でも、誰かが待っててくれることはやはり嬉しいことで、両親には深く感謝をした。


だから、今はそのあと年老いた両親の面倒を見ることは当然と思っていた。


しかし、ある日突然それはやってきた。

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