第3話 坂本 馨(サカモト カオル)の場合①

「あははは!」


マジでこいつらおもしろい。

きっと売れるわ。


日曜日の夜8時は、私の唯一の楽しみの時間

新人お笑い芸人の発掘番組を観ながらビールを飲むのが、私の至福の時だ。


独身のまま四十五歳になった。


恋人もいなければ、親しい友人もなく、会社が休みの日はもっぱらビデオかテレビを見て過ごす。


外では飲まないので同僚は飲めないと思っているが、実は、家では毎日空けていて、お笑い番組など見ながら飲むことが日常化している。


北関東の少し田舎で高校まで過ごし、大学からは東京に出て、いきなり杉並区にきょを構え、これから薔薇色の学生生活だと思っていた矢先、父親が死んだ。


父親は医者だった。


田舎ではあったが、それ故に職業柄いわゆる地元の名士だった父は、三人いた兄妹すべてを医者にするつもりでいた。


兄も姉も頭はよく、その父の期待に応え、その時、兄はすでに医者に、姉も医大に入りまもなく卒業しようとしていた。(国家試験も通った)


反して私は、それなりの進学校には進んだが、医者になれる学力はなく、結局私大のお嬢様学校に入った。


父は病院を経営していたので、死んだ後も金には困らず、無事に大学卒業を果たし、1.5流くらいの企業に入り、勤めを始めた。


いわゆる事務職だったが、一年間は支社(といっても東京の豊島区にあった)で仕事をしていたが、どこで間違ったのか、その後、本社(港区)の秘書課に配属になった。


私は容姿としては派手なタイプではない。


どちらかというと日本的な顔立ちで親類からはよく

「馨ちゃんは着物を着ると一層美人さんになるねー」

と言われた。


よく言えば清楚な美人だそうだ。


秘書課には、三名の女性秘書(キャリア十五年目の律美りつみさん、六年目の真理佳まりかさん、そして私)と、五名の男性秘書(それぞれが、社長他役員付けの秘書だ)、それをまとめる秘書室長がいた。


山埜和臣やまの かずおみ、彼は当時まだ三十四歳という若さで秘書室長に抜擢され、トップや役員数名の世話をする秘書のリーダー、つまり、社長他、重鎮じゅうちんのすべてを把握する重要なポストを任されているということだ。


私は当時、まだ二十三歳で、会社の右、左がようやくわかりかけてきた頃に異動になった。


女性秘書三人はそれぞれ男性秘書のアシスタント役をしていた。


いわゆるスケジュール管理や出張手配、大きなイベントがあれば、海外や国内からのお客様の宿泊先のブッキングや食事場所の手配などが主な仕事だった。


先輩である律美さんや真理佳さんはとても優しくて、いわゆるテレビドラマのようなおつぼねさんの新人いじめみたいなことは皆無かいむだった。(実は配属早々はそれを勝手に想像して恐れていた)


それどころか、一緒に帰ったときには途中で食事をしていくくらい仲良くしてもらった。


ある日、独りで残業をしていた時、室長の山埜さんが外出先から戻ってきた。

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