古田由緒(フルタ ユイ)の場合⑧

久しぶりの休日

朝から妹は母の用事で、一緒に外出していた。


洗濯と掃除を終えて、たまには買い物でもしようかと街に出てみた。


人ごみは嫌いだったが、その日は空に雲一つ無く晴れていて、何か誘われるような感じでつい外出を試みた。


しばらくウインドウショッピングをしていたが、ちょっと疲れたので、テラス席のあるカフェに入り何気なく外を眺めながらアイスコーヒーを飲んでいた。


少し離れた道路の向こう側の歩道に2歳くらいの小さな子供がまだおぼつかない足取りで歩いていた。


その子がちょっとつまずきそうになり、ひやりとした瞬間、うしろから父親だろうか、背の高い男性が子供の両脇を抱え、自分の肩に乗せた。


子供は大喜びでキャッキャと声を上げているようだ。


その後ろを初夏を思わせる白い上品な感じのワンピースを着た母親らしき人が、子供の顔を見ながら微笑み、さらにその男性の腕に手をまわして歩き出していた。


「いいなぁ」


思ったより大きな声で言ってしまったため、周りからクスクスと笑われた。


片肘をついてため息を漏らす。


『私も近い将来あんなふうに家庭を持てるのかな……』


“不倫”


所詮しょせん今の状態では世間でいうところのそういう関係でしかない。


自分では恋人と思っていても、実は「愛人」というレッテルが貼られ、ただの馬鹿な女とみられてしまう。


今まで自分とは全く縁遠く、芸能界の話くらいにしか思っていなかったことを現実に自分が体験している。


ものすごく不条理を感じるが、それでいて今の立場が全く嫌というわけではない。


『悲劇のヒロイン』


おそらくは少しそんな感覚もあって、不幸でいる私に陶酔とうすいしていたのかもしれない。


でも、このことは口が裂けても母や妹には言えない。


それだけは現実の問題として絶対に死守しなければならない。


曖昧な中に『確信』を持てることだけはきちんと守ろうと考えていた。


彼との関係ができて三か月が経った。


相変わらず二日に一度はホテルで過ごし、彼との逢瀬おうせを重ね、お互いの愛を確かめ合っていた。


そして、少しずつだが『二人の将来』について語ってくれるようになり、子供は引き取らないことや、養育費は払わなければならないこと、でも、私との子供を持ちたいことなど具体的に話してくれるようになってきた。


しかし、ここへきて疑問に思うことが一つあった。


彼は「単身赴任」であるにも関わらず、一度も私を部屋に連れて行ってくれたことがない。


ホテルでの逢瀬のあと、どんなに朝方になっても必ず家に帰る。


だから私もタクシーで家に帰ったり、時として、着替えを持ってきておいてホテルで着替え、そのあと始業まで早朝の喫茶店で過ごすことも多かった。


「なぜ?」


そう思い始めたら、追及したくなってきた。


会社には社員名簿があり、住所も書かれていた。


それをスマホに移すと、その住所を地図情報で検索、もともと駅は知っていたから、そこからの道のりを見つけた。


少し彼を驚かしてみようという、いたずら心もあり、休みの日に黙って彼の家に行くことにした。


万一彼が不在でもそれはそれで仕方ないと思っていた。

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