古田由緒(フルタ ユイ)の場合⑦
「え?」
「知ってた?」
「どういうこと?」
「だから、単身赴任で郷里の山口に奥さんも子供もいるのよ」
耳を疑った。
もうすっかり恋人になったつもりでいた彼に
『奥さん』と『子供』がいた。
確かに、転勤してまだニか月で、それほど社内の人のことを知っているわけではないが、すでに体の関係までできてしまった彼に妻子がいることを知らなかったなんて、考えられない話だ。
彼からそんな話は一切なかったし、同僚からも今日初めてそのことを聞いたくらいで、周りでそういう話題は一切なかった。
普通なら一緒の職場で働く人たちの人となりくらいは他から情報が入るものだが、それもなかったことにいまさらながら気づかされた。
「ありえない」
すぐにその晩に彼を呼び出し問い正した。
「うん、いるよ。妻も子供も」
あっさりと認めた。
「むしろ、知っていて、それでも良いと思って付き合ってくれていたと思ってた」
ものすごく腹が立ったが、冷静に考えれば彼の言うことも一理ある。
最初の日に、誘いに乗ってしまった時、彼は私が彼のことは”妻子持ち”であることを承知の上でホテルまでついていったと思われたのかもしれない。
そこで、そんな妻子の話などするはずもないし、勝手だけど、そういう「思い込み」はありえなくはない。
話をしているうちに彼だけを責められない気持ちになってきた。
「でも、もう実は単身赴任を初めて2年以上になるけど、その間、帰ったのは盆と正月だけで、親戚に顔合わせするのと、子供の様子をみることくらいで、妻とは一切そういう関係がないんだ。」
「え?」
”そういう関係”
その手のことに鈍いと言われている私でも、その意味は分かった。
「あ、でも勘違いしないで。ただそういうことがしたかったから君を誘ったわけじゃないよ。
本当に気持ちが君に行ってしまったから。
いや、ちゃんと言おう。
君を好きになったから。
だから誘ったんだよ」
一途に私を見つめるその目に嘘はないと感じた。
勝手な解釈も入っているが、要はまとめるとこうだ。
奥さんとはすでに別居のようなもので、肉体関係もなく、つながりは子供の事だけで、あとは田舎ということもあって親戚縁者も多いため離婚することは踏ん切りが付けづらいが、私という愛する者を見つけ、いつかは一緒になろうと考えてくれている。
今思えば、本当に『恋は盲目』特に今まで一人の彼氏しかいなかった私に、恋愛を冷静に見ることができる免疫はなかった。
「わかりました」
そういうのが精いっぱいで、その日もそのまま彼とホテルで一夜を過ごしてしまった。
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