第6-4話 俺の好きなもの

「んーと、次は何にするのかな」

 正直なところ、これといった選曲が思いつかない。もっと得意な歌はあるにはあるんだが、ここで選ぶのは早くないか。喉をしっかりと温めてからにしたい。切り札はむやみに切っていいものじゃないんだ。ここぞという時に切るから切り札足り得る。だからここではちょっと方向性を変えてっと。

「あ、この曲知っています」

 そうだろうな。これは俺たちが小学生の頃に流行ってたアニメの主題歌だ。あの夕方七時にこのアニメを見ていなかった子供はいないといいってもいいくらいだった。そして今でもシリーズは続いているくらいの大ヒット作。それの主題歌ともなればたとえ見ていなかったとしても耳にしたことぐらいはあるという俺の名推理。迷宮なしの天才頭脳をもってすれば造作もない。

 なんてことはなく、検索方法のところにある世代別から選んだだけ。いいんだ。文明の利器を使うのは人間の特権なんだから。

 そうして何曲も歌っていく。流石に疲れてきた。いつもはケイと二人ないし複数人でカラオケに来ているから一回歌うごとに休みがあるんだが、今回は俺一人がずっと歌いっぱなし。雑談してもいいんだがいかんせん、カラオケに来たとなればいっぱい歌いたくなってしまうってもんでね。

 今回は部屋の利用時間を二時間にしてある。これ以上借りると帰る時間が遅くなってしまうしな。けどこれが良かったかもしれない。三時間だったらもっとくたくだになっていたかも。結果オーライ。それでも疲れてきたのは変わらない。俺の十八番も歌いきった。点数はまぁ、悪くないんじゃないか。自己新記録とはならなかったけど。

 レシートを見るの残り三十分を切った。もう少しでこの部屋から退出となる。歌える曲は四曲が限界だろうな。それならあとはどれを歌おうか。

「せっかく来たんだから櫻尾も一曲くらい歌っていけよ」

「え、私がですか」

「ほかに誰がいるんだよ。カラオケ料金もさっき自分の分も払うって言ってたじゃんか。一曲も歌わないのはもったいないぜ」

「だって恥ずかしいですから」

 俺からしたらお互い小説を書くっていうことを人に話す方が恥ずかしいと思うんだが。これは俺の経験が浅いからか。でも、それこそ歌ってもらいたい。

「これも経験だって」

 俺一人しかいないけど人前で歌うっていうことがどんな感じなのか。せっかく執筆のネタ探しのために今日一日使っているんだからこういう普通の高校生がやっていることも知っておいたほうがいいんじゃないか。

「はいこれ持って」

 部屋に入る前に渡されたもう一本のマイクを櫻尾に渡す、というよりも握らせる。ちょっと無理やりだったかも。けど櫻尾はしっかりと握ってくれた。

「それなら次はこれだな」

 そう言って俺は操作パッドを渡す。渡しっぱなしもなんだ。隣に座って操作方法を教える。

「この画面に書いてある通りなんだがな。曲名から選んだり、歌手名からも選べる。ここをタッチすれば、俺たち世代がよく歌っている曲も世代別から選べるし、なんなら、俺たちの前にこの部屋にいた人の履歴からも探せるんだ」

 櫻尾はぽかんとした顔でこっちを見ている。そりゃそうか、いきなりマイクを押し付けて歌えときたもんだ。状況は飲み込めないだろう。けど、それでも俺としては櫻尾に歌ってもらいたい。俺が疲れたから、ていうのもあるし、櫻尾がどんな歌を歌うのか気になる。けど一番はカラオケを好きになってもらいた。俺が好きなものも他の人にも好きって言ってもらえるのはこう、こそばゆいけど、嬉しいから。

 慣れない手つきでパッドを操作して櫻尾が一曲選ぶ。時間的にもこれが最後の歌だろう。さて櫻尾はどんな歌声なんだろうか。

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