第5-12話 試着アトラクション

「先程はすみません。私の早とちりでお客様に不快な思いをさせてしまいました」

「いいですよ。自分も不審な動きをしていた自覚はありますから」

「そう言っていただけて助かります。それにしても彼女さん、お綺麗ですね」

「いえ、彼女ってわけじゃ」

「そうなんですか? ぴったりのカップルにみえますが」

 ならさっきの誤解はなんだったのか。俺が一人なのがいけないのか。それでも、

「他人からそう見えているってことはいいことだ」

 俺たちはデートごっこをしているのだ。小説の中の出来事のためとは言え、まずは形から入れている。

「まだ好意をお伝えしていないんですか?」

「いや、だから俺たちそういう関係じゃ」

「だってなんとも思っていない人のためにわざわざ一緒にお買い物なんてしないですよ。だから勇気を持ってください」

「はぁ」

 世の中の人はこういう店員ともうまいことコミュニケーションを取っているのか。もう尊敬する。向こうも誤解していた引け目を変に受け取って俺と櫻尾の仲を取り持とうとしているのか。

 どうすればこの難問を解決できるのか考えていたら目の前のカーテンが開いた。

「どうですかこれ。ちゃんと感想くださいね」

 今、櫻尾が着ている服は俺が選んだものだ。自分で言うのもなんだが櫻尾の雰囲気とぴったりなんじゃないか。俺もセンスは死んでいなかったんだ。

「いいじゃん。似合ってるぞ」

「彼氏さん。もっと褒めてあげてくださいよ。彼女さんも待ってますよ」

「もういいや」

 なんども訂正するのもめんどくさい。諦めよう。

 そしてその待っている彼女(誤)はというと、

「ワクワク」

 本当に口に出して待っているのやつを初めて見た。

「似合ってるぞ」

「それと」

 それと!? まさか催促だと。

「えっと、すごく女の子らしいんじゃないか。そのフリフリとか」

「他には」

 俺に語彙力なんかないぞ。こういう場面で言えそうな言葉を頭の中から引っ張り出そうとする。

「だから、あれだ。可愛いぞ」

「ありがとうございます」

 顔を赤らめていく櫻尾。言葉は尻すぼまりになっている。恥ずかしいなら言わせるんじゃないよ。

「良かったですね。彼氏さん褒めてくれましたよ」

「はい。ありがとうございます」

 もういいや。どうとでもなれ。

「それじゃ着替えるのでもう少し待っていてくださいね」

 もう一回試着室の中に入っていく櫻尾。

 これでわっと終われる。

「良かったですね。あとは頑張ってくださいね」

 そう言って店員さんも離れていく。

 今日は始まったばかりだが心底疲れた。主に一人のせいで。

「お待たせしました。それじゃお会計してくるので外で待っていてください」

「はいよ」

 店の外に出てみれば、椅子に座っている男性方が何人かいた。多分彼らもデートなのだろう。お疲れ様です。

 すると目があった。もうそれだけでここにいる人と心が繋がったような気さえする。同じ苦労はわかるのだ。

「お待たせしました。それじゃ次に行きましょう」

 会計を済ませた櫻尾が店から出てきた。持っていた袋はとても薄い。

「全然買わなかったのか」

「そうですよ。厳選するための試着ですしね」

 それにしては楽しそうにしていただろう。

「それでどれも買ったんだ。見せてくれよ」

「これですよ」

 封を開けて見せてくれる。それは俺が選んだ服だった。

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