第4-8話 憧れる姿
レンジの音が鳴り、櫻尾が俺の分まで取りに行ってくれた。
「知り合いの部屋なんだとは予想してたんだけど、まさか親だとはな。そりゃ手馴れてるよ」
「私がここに来ないと本当に生活出来ているのか怪しいくらいに汚い時があったんですよ。本人は家事はほとんどお父さんに任せてましたから。お父さんも主夫になったって言っても仕事はやめてなかったので、時間に融通がきかないときは私も家事をやってたんです。そのうちの一つがここの部屋の掃除でしたね」
テキパキと準備をしてくれる。俺も手伝ったほうがいいんだが、むしろ邪魔をしてしまいそう。
温まった夕食を並べてもらって手を合わせる。
「家事全般できそうだな。この感じなら」
「そうですね。母の食事も作っていましたから」
ちらっと見ただけだが、キッチンには調理器具が並べられており、どの器具や食器も使い込んだ後が見える。調味料も消費期限が過ぎたものは掃除の際に捨てていたが、残された塩や胡椒といったものは、いくらか使われている。ここでの生活が伺える。
「物書きだったんですよ。うちの母」
ポツリと呟く。
「私が小さい時からうちとここの部屋を行ったり来たり。何日も帰ってこない日がありました。子供ながらに助けられたらと思ってたんですけど、そのときはどうしようもなかったんです。できたことと言ったら帰ってきた母に食べてもらいたくておにぎりを握るくらい。大して助けられなかったんですけど、母がありがとうっていてくれたのは覚えててます」
小説家というものに詳しくない俺だが、本当に身を削って書いているんだな。それもそうか。自分でもう一つ世界を生み出しているんだ。
「そしてあるとき、ここ、仕事場に来たんです。一体母親がどんな仕事をしているののか知りたくて。そしたら周りのことなんか気にしない人がそこの机に座っていました」
目線の先にはまさにここの主が使うべきと主張しているように一組の机が置いてある。さっきまでの床とは比べ物にならないぐらいの物が置いてある。そこは櫻尾もまったく触らずにしてあった。
「あの人の姿を見たときにこうなりたいな、て思ったんです。ひとつのことに打ち込んでいるのがかっこよくて」
櫻尾の小説好き、執筆好きの原点。それがこの部屋だった。
「そんな母も今はもう……」
亡くなられたんだろう。俺が簡単に聞いていいことじゃない。懐かしそうに掃除をしていた櫻尾を見れば、悲しい出来事だったんだと思う。
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