第3-6話 有無
あれからどれくらい経ったのか? こう言えば大体の人は、あぁ長いことその場にいたのだろうと思ってくれる。しかし実際にはそんなに立っていない。今回の場合だが。
あれから三十分も経っていない。空白と睨めっこしていた時間はもっと少ない。
「大丈夫です?」
櫻尾は一旦、手を止めてくれた。俺の集中が切れたのを悟ってくれたようだ。
「まぁなんとか」
「そうはいっても進んでないですよ」
「んーなかなか浮かんでこなくて。教えてくれたところ悪いんだが、初めてだからどうしていいのかわからんのが正直なところだ」
んー。と櫻尾も悩んでくれている。なんだか申し訳ない。
「とりあえず俺のことは気にしなくていいからひとりでやってて。俺はそれを見てるからさ」
「見てるだけって。恥ずかしいじゃないですか」
「なら俺を石像だとでも思ってくれ」
「それを言うならじゃがいもですよ」
「変わんないって。ささ、戻った戻った」
「あんまり見ないでくださいね」
作業に戻る櫻尾には悪いがじっくり見させてもらおう。他人の姿を見ることで何かヒントが得られるかもしれない。
こっちをチラチラ見ながらペンを走らせる。すまないが犠牲になってもらおう。
……結果から言えば櫻尾はすぐに自分の世界に入っていった。はじめこそ俺の方を気にしていたが、段々とこちらを見なくなってきてた。そして今の状況。簡単に声をかけられない。動いたペンは不規則に止まり、前のページに行ったり来たり。
「すごい……」
完全に見入っていた。これほどまでに集中できるものなのだろうか、創作とは。今この場に二人いるのに全く意に介さない。自分の頭の中にしか世界がないかのよう。俺は、
羨ましい
彼女の姿を見てそう思った。
今までの生き方で不満があったわけではない。だが満足できていなかった。妥協して生きてきた。自分はここまでしか出来ない。出来るはずもない。失敗したらカッコ悪い。これ以上やることは効率が悪い。そう言い訳して逃げてきた。才能なんてないんだ。この一言に逃げてきた。けど、目の前の彼女、櫻尾つむぎというい人間を見て、俺は変わりたくなったのだ。この閉塞した殻から。
無限に才能があるだなんて思ってはない。有限でもいいから才能が有るかを確かめてみたい。
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