第3-5話 夕日差し込む教室で

 断捨離かぁ。櫻尾のノートを見ているとそうなんだろう。ページの端がしわくちゃになっていたり、折ってあったりして、何度も開いたり、書き込んだりしているのが見て取れた。それは櫻尾の今までの足跡なんだ。

「とりあえず使ってないノートでも代わりにするか」

 机の中からまだ使っていないノートを取り出す。五教科分のノートを用意はしたが大したこと書いていない。特に生物なんかプリントを渡されて、それに沿ってやっていく方針だったので、授業中のちょっとしたメモ程度にしか使っていない。これぐらいならノートの使用用途を変えてもいいだろう。テストに出ないだろうし。

「それじゃ書いていきますか」

「うむ」

 科目を二重線で消されたノートと、とりあえず向かい合う。まずは姿勢が大事だ。ペンを動かしていればなんか浮かぶかもしれない。

 んー。とりあえずなにを考えるか。さっき櫻尾は実際にあったことから膨らませて浮くと言っていたな。なら俺にあったことはなんだろう。とりあえず、最近、春休み中のことはどうだ。二週間くらいあったんだ。思い出せ。面白いこと。

 一番やったことはゲームかなぁ。ケイと二人で対戦したり、二人マッチで野良対戦に出たり。あれは楽しかったなぁ。夜中叫びすぎて親に怒られたけど。他には漫画読んでたなぁ。やっぱり名作は何回読んでもいいもんだった。ゲームと漫画のせいで夜更かしばっかりしていた。後やったことは……昼寝か。これがやったことの中では一番長かったかもしれない。睡魔の誘いはしっかり乗る。おかげで夜ふかしが進んでた。

「でも一番はあれだよなぁ」

 目の前にいる当の本人に目を向けてみた。春休みどころか人生で一番の出来事かも知れない出来事。櫻尾つむぎとの出会い。あの時、コンビニに行くつもりが無くなっていれば彼女とは出会わなかった。後回しにしていなければ行こうとも思わなかった。偶然に感謝だな。

 彼女はノートとにらめっこをしたままで、こちらの視線に気がつかない。そういえば、こうもまじまじと櫻尾を見ることは初めてだ。

 整った顔というのはこういう顔なんだろうな。垂れた前髪からでもくっきり見える目。細長いまつげ。鼻筋の通った綺麗な顔つき。学園のアイドルなんて想像上の生き物にしか思っていなかったが、実在したんだな。

 櫻尾の背中から差す夕日が彼女の存在を浮き彫りにさせるように照らす。もうまさに物語の主人公だ。

「? どうしました」

 声をかけられて現実に戻って来た。上目遣いで見られると、鼓動が早くなってしまう。

「いや、なんでも」

 俺はケータみたいに舞い上がったりしない。落ち着け落ち着け。

 ただ俺の中で音はなかなか止まらない。

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