第2-5話 目に見えない湯気は立った

 それからは、なんだかんだ適当に話をしてソータは向こうの席に戻っていった。

「いい人そうですね」

「傍から見ればな。付き合わされる方としては疲れるぞ」

「それでも楽しそうでしたよ。辰巳さんも」

 ……まぁ、否定はしない。

「それでここに来た理由を思い出すぞ。執筆部の活動としては、まさに名前の通りのことをするんだけど」

「はい」

「当面は行わないということで」

「そういうような、そう言わないような」

「ん? どういうこと」

 歯切れの悪い櫻尾。部活に関しては彼女のほうが詳しい。そもそも俺は何も知らない。

「私としましてはネタ集めもしたいなぁと思いまして。いっぱい集めて困るものじゃないですし」

 それならもう転校生というネタはあるだろうに。昨日の散歩もそうだ。

「数はあっても使えるものかどうかは、その時になってみないとわからないんです。使ってみると内容が重複しちゃったり、不自然な流れになっちゃって没にしたり。だから、ネタの弾数は大いに越したことは無いと私は思ってます」

「ならまたどこかに行ってみるか?」

「いいえ。転校生としてしっかり学校生活を送りたいです。前の学校とどう違うのかが分かれば面白い話がかけるかもしれません」

「学校生活なんてどこも同じだろう」

「そうかもしれません。それならそれでいいんです。辰巳くんとの学校は初めてですから」

 急になんてことを言うんだこの子は。それも微笑みながら。俺は頬杖をつきながら窓の外を見ることしか出来ない。

「どうしたんです。顔真っ赤ですよ」

 落ち着け俺。行き来している車のナンバーを読むんだ。そうすれば顔の暑さも心拍も治るぞ。

 ちらりと横目で櫻尾を見てみる。湯気が全く経ってないコーヒーを、前髪を垂らしながらちびちび飲んでいた。

「お前も恥ずかしがるならそんなセリフ言うなよ」

「えへへ。恥ずかしいです。なかなかこういう機会がなかったので言ってみたかったんです」

 自前の簾から覗かせる真っ赤な顔、上目遣いな彼女。可愛い子にこんなことされたら一発でオトされる。

「こういうことを自然と言うからヒロインはモテるんでしょうね」

 不自然でも効果は抜群だから安心すればいいよ。

「今ならラブコメの主人公を書けそうだ」

「なら恥ずかしいけどやってよかったです」

 だからその微笑みがずるいんだって。心臓の音がやたらとうるさい。冷め切ったコーヒーを一気飲みしたが苦味なんて全くわからなかった。

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