170,新緑の柳谷

「ひいいいいいいっ!!」


 悲鳴を上げたのは、つぐピヨだった。


 ここは里山公園の奥、柳谷やなぎやとにある調整池、芹沢せりざわの池に沿ったアスファルトの遊歩道。外周2百メートルくらいで、池に沿った道があるのはその6割くらい。残りは立ち入り禁止。


 周囲を森や竹藪に囲まれた風通しの良く緑豊かな場所で、空高くではタカが弧を描き、どこかからウグイスの声が聞こえている。


「おお、いい子だな、かわいいかわいい」


 いつになく喜んでいるのは、アオダイショウを首に提げるまどかちゃん。ペロペロ舌を出すアオダイショウの頭を人差し指でやさしく撫でている。


 私たちが右の池を眺めながら歩いていると、そちらから左の草むらのほうへ向かうアオダイショウと遭遇、何を思ったかまどかちゃんの脚を伝って首まで上がっていった。


「アオダイショウだ、こっちにもいるんだ」


 まどかちゃんに寄ってアオダイショウをまじまじと見詰める巡ちゃん。


「めっ、巡ちゃん、怖くないのっ?」


 恐れ戦き、ひとり後ずさるつぐピヨ。


「気が付けば足元にヘビがいる日常を送ってたので。ヤマカガシとかマムシは強い毒性があるけど、アオダイショウは毒ヘビじゃないから。でも噛まれたら消毒してお医者さんに診てもらったほうがいいかも。生きものだから菌は持ってるし、ヤマカガシとかマムシと見間違えてる可能性もあるから」


 ふむふむ、どんな生きものでも噛まれたら危険ということですな。


「どれどれ」


 承知のうえで私も撫でてみようと手を近付けてみた。


「おっと危ない」


 目にも留まらぬ速さで頭を伸ばし噛みつこうとしてきた。中学のプール掃除のときに拾ってきたヤゴにエサのボウフラを大量に放ち、それを捕らえるときの下唇の速さに匹敵するものがある。あのときは循環水槽に砂利を敷き、羽化用の木の枝とオオカナダモを添えてアクアリウムにしてお洒落女子を気取っていた。


 ボウフラは校舎の外に置いてある防火用バケツに溜まった雨水に浮いていたのをビンに流し込んで持ち帰っていた。ボウフラは水面に浮くけど、ヤゴは砂利を掻き分けて身を潜めたり木の枝の裏とか水草に留まるから、与えるのは大変だった。しかもヤゴ、めちゃくちゃ量喰うし、喰わないとすぐ餓死するらしい。そのくせ羽化直前になると絶食する、乙女心のような複雑体質。


 大変だから、ふつうは水生生物を扱うお店などで売っているイトミミズを与えるらしい。一中通りの聖鳩みはと幼稚園の前にあったエンジェルショップとか。


 ネオンテトラとかメダカとか、そういうのを飼っても良い気は、心のどこかでしていた。


 でも、無事に羽化して黄緑色のトンボがパッと翼を広げ、ベランダに出したら空高く飛び立っていったのは感動した。水中にいた生きものが空を飛ぶ。目の前にいたのに、いっしょに暮らしていたのに、私の手の届かない、高い高いところへ飛んでゆく。


 笹の葉と森の木々、ガマの葉がざわめく。


 新緑にきらめく茅ヶ崎はほんの少しだけ、夏の薫りがした。

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