168,茅ヶ崎へようこそ!
「終わったらったったーぁ」
「ほわーたたたほわーたたた終わったあ!」
「テンション高いなお前ら」
新居に着き引っ越し屋さんが引き上げ、沙希ちゃん、つぐみちゃん、まどかちゃんが衣類や食器など、生活に必要な最低限のものを収納してくれた。
深夜1時、疲れ果てた私と沙希ちゃんは、それぞれ終焉の感嘆を漏らし、まどかちゃんに突っ込まれた。つぐみちゃんは私たちの台詞に何かを察したようで、ニコニコしている。
そう、わかる人にはわかるフレーズ……。
思ったより夜は暗い、茅ヶ崎の住宅地。新居は東海道線より北側の、ニュータウンと呼ばれるエリアの賃貸マンション。近くにドラッグストアが二つ、コンビニ、スーパー、お弁当屋さん、牛丼屋さん、回転寿司屋さんがある。少し歩けば沙希ちゃんとその担任の先生といっしょにいったラーメン屋さんもある。ほかにも二軒、昔ながらな感じの中華食堂がある。とにかく便利な区域。
空は少し霞んでいて、猪苗代より星の数はずっと少ない。けど、月は同じ。
同じ空の下なんだな。
地球にいればみんな同じ空の下だけど、そんな当たり前をしみじみと思うくらい遠くへ来た。
「皆さん、きょうは夜遅くにありがとうございます。非常食とドクペとカロメとカプメまで」
「災害は忘れてなくてもやって来るからね。長期保存水は飲む以外にも使えるし、ドクペはまどかちゃん、カロリーメイトとカップ麺はつぐピヨのセンス。私は真空パックのご飯」
まどかちゃんだけ非常食じゃないけど、意外とオタクを理解している感ある。
「いやほんと、マジ助かりました。実家にはそういうの全然用意してなくて、盲点でしたわ」
「マジか。
「するかもしれん。だがうちの親は油断と節約に毒された生物だし、私も油断はともかく節約は正義だと教え込まれて疑わなかった面があるから反省。親に毒されていましたわ」
「ああ、毒親か……」
と、虚ろに口を開いたのはまどかちゃん。
「まどかちゃん、そういうことは‘しーっ’」
沙希ちゃんが鼻に右人差し指を当てて「余計なこと言うな」のジェスチャー。
「ほんとのことだからいいよ。そもそも私から言ったんだし。なんか、これからいろいろ恥かきそうだな。きっとうちの親は相当非常識だって、薄々気付いてるので」
「ふむふむ、だが安心せよ福島から来た娘っこよ。私も別段常識人じゃないぞい」
「でも、他所の家の花壇の花、摘まないでしょ」
「お、おう、摘まないね」
「新幹線乗るとき、指定券持ってないのに指定席に座ったりしないでしょ」
「ああ、うん、そりゃあ、まあ……」
「電車の中で照り焼きバーガー、食べないよね」
「あ、はい、食べませんね……。普通のハンバーガーもポテトも」
「ああああああ、悪い、育ちが悪い……」
引き攣る沙希ちゃん、やはりと落胆する私。
内向きに加え素行の悪い家庭だから、うちは貧乏なんだろうな。
「大丈夫だよ、親に縛られる必要なんかない。巡は自分の人生を歩めばいい。きょうがその第一歩」
と、宥めてくれたのはまどかちゃん。
え、なにこの人イケメン……!
「あ、はっ、はひっ……」
うれしさと混乱で言葉を紡げないコミュ障。
「まあさ、生きてりゃいろいろあるけど、きょうのところはとりあえず……」
沙希ちゃんが言った。
「茅ヶ崎へようこそ!」
三人、息を合わせて笑顔。
頭上に掲げ乾杯したのは5百ミリくらい入ったペットボトルの、水だった……。
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