59,不器用な告白
「行けえええ!! 行け陸ぶっちぎれえええ!! おおお!! うおおおおおお!!」
フルーツの香り漂う夢のような女子、白浜沙希。私はいま、ゴール地点横の客席から男子3千メートル陸に恥ずかしげなく一人で声援を送っている! 翔馬と接戦のトップ争い! 負けるな、翔馬になんか負けるな!
チンチンチンと、トラックの内側で審判のおじさんがベルを鳴らし、ラスト一周の合図。選手はみなペースを上げた。泣いても笑っても残り4百メートル!
他の生徒もそれぞれ応援している人に向けて歓声を上げている。
ラスト百メートル、直線勝負。
「行っけうおおおおおお!! 行け行け行け行けええええええ!! あああくっそお……」
声援虚しく陸は3位、翔馬は2位だった。
ラストの直線、他校の人が猛烈な勢いで追い上げ、ゴール目前で二人を追い抜いた。三人とも僅差でほぼ同着。ダークホースの登場に会場はどよめいている。レースは最後までわからないね。
「いやあきょうのは悔しかった。最後のは予想外だったけど、翔馬には勝ちたかった」
横須賀の競技場から茅ヶ崎に戻り、駅ビルの屋上。私はテンガロンハットを被ったハードボイルドなおじさんがプリントされたビーカーに入ったプリンを、陸は砂糖とミルクを入れたホットコーヒーを片手に夕陽を眺めていた。
大晦日には富士山のずっと左、伊豆半島の真ん中あたりに沈んでいた陽は4月15日のきょう、富士山より右の
18時を過ぎ、青と紅とコントラストが織りなす空。下を見ると茅ケ崎駅を発車した電車が右へカーブし、赤いテールライトを灯しながら弧を描くように富士山のほうへ消えて行った。
マンションや住宅が密集する左手には、その向こうに藍色の海が見える。
「残念だったね、でもぶっちゃけ、陸上と勉強しかしてない翔馬の2位より、こうやって一緒に夕陽を眺めてくれたり、アイスとか香川屋とか
「……」
陸は黙り込んだ。やば、気に障ったかな? 3位、悔しいよね。僅差でも。
「ごめん、いや、なんかその、気に障ること言ったかなって」
「ちげぇよ、恥ずかしいこと平然と言うから」
「そっちか」
「あぁ。それよりさ、そのプリン、実はずっと前から気になってて」
「どうぞ」
言って、私はスプーンでプリンを一口
「美味しいでしょ」
「すげぇまろやかだな。高級な味だ」
「神奈川県民で良かったと思うよね」
実はこのプリン、神奈川県のご当地スイーツ。鎌倉に本店があり、湘南地区や横浜のデパートでも見かける。
「そうだな。だいたいなんでも美味いもんな」
「うんうん、神奈川の料理人は凄い」
こんな他愛ない会話をずっと続けていたいと、陸と会う度に思う。高校3年生、そろそろ進路に向けて忙しくなってくるし、こうしていられる時間は貴重だな。
「なあ沙希」
「ん?」
「翔馬にあって俺にないものって、なんだと思う?」
そう問われて私に思い浮かんだものは、一つしかない。
「翔馬には、彼女がいるね」
「正解。よく知ってるな」
「そりゃね、同じ学校だから。むしろなんで陸が知ってるのさ」
「まぁ、色々な」
「そっか」
コイツ、何か知ってるな。アンナといちゃついてるところでも見ちゃったかな?
「だからってわけじゃないけどさ」
「……うん」
「付き合おう」
「うん」
予想外の、武道のとは掛け離れた、あっさりした告白。
でも心は……そう、夕暮れ空とは反対に、朝空のようにじんわりじんわり温かくなってゆく。
「はははははははっ! なんだよその告白!」
ベシっと私は陸の肩を強く叩いた。あぁ、私、いつも以上に情緒不安定だ!
「しょ、しょうがないだろ、武道ほど真っ直ぐじゃないんだよ」
じゃないんだよ、の『な』に、照れ隠しを感じた。可愛い。
「あれはロマンチックだった! 香川屋の裏があんなにロマンチックになるなんて!」
「あーあ、俺もあんな風に素直に生きられたらなあ」
「いいじゃんよ、質素な告白だったけど、陸らしかったよっ」
「あ、ありがと、う?」
「うんうん! でも陸、夢のような女子を手中に収めたソナタは、今度こそ翔馬に勝たにゃならんぞ?」
「おう! マジで頑張るわ!」
幸せだな、私、本当に幸せだ。この幸せが、末永く続きますように。
「引退までに勝てなかったらどうする?」
「いや、絶対勝つ」
「そうだ、その意気だ。期待しておるぞ!」
「おう!」
しかしその後、陸と翔馬が勝負をする機会は、訪れなかった。
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