37,新年度初日の朝

 時の流れは早いもの。こういうのをエリートは『光陰矢の如し』と言うのだろうか。フルーツの香りがする夢のような私もエリート(笑)だからそういう難しい言葉を少しずつ覚えてきた。


 さてさて、中央公園の桜並木がきれいだった春休みは刹那に終わりを告げ、きょうから2年生。正に光陰矢の如し。


 バレンタインデーからきょうに至るまでの特筆すべきことといえばホワイトデー。


 男子たちはそれぞれ女子に倍返しなり5円チョコをあげたりしていた。5円チョコをあげた連中、大した根性だと言ってやりたいけど、何も寄越さないよりはマシ。意中の女子に対して素直になれずそうしたヤツもいたのだとか。


 他人さまの事情はさておき陸から私へのプレゼントは、近所のショコラティエが丹精込めて作ったちょっと高めのチョコと、りんごやバナナ、メロンなどがどっさり積まれたフルーツバスケットをくれた。うんうんさすが陸、私のことをよくわかってる。


 他方、自由電子くんからまどかちゃんへは、まどかちゃんが自由電子くんへの生チョコを買った店の、同じ生チョコを。


 武道からつぐみちゃんへは、駅ビルの有名チョコレートメーカのアソートという無難な選択。そうだね、迷ったらそれだ。間違いない。


 そんな私たちだけど、三組とも脈アリと感じつつ、交際には発展していない。誰と誰が最初にくっつくか。わからないけど早くその日が来てほしい。


 ところで私はいま、リビングで家族揃って朝食を摂っている。


 ワイドショーは今朝も人を吊し上げ、容赦ない攻撃に視聴者の私は朝から淀んだ疲れが蓄積されていった。


 みんなハッピーにやろうよ。


「お前俺がパン焼こうと思ってたのになんで先に焼くんだよ」


 平和を願いながらオーブントースターに食パンを2枚挿入してレバーを回したら、学ランを着たさとるが背後に現れて文句を言ってきた。


「沙希だから先に焼いたの。悟れ」


「でも先に恋人ができたのは俺でしたー」


 悟が飄々ひょうひょうと勝ち誇ったように言った。このクソが。


「お前マジ下水道にぶち込むぞ」


「おうやってみろよ、マンホールの穴から覗き放題じゃねぇか」


「うわー引くわーマジ引くわー。女の身体なんか覗かなくたって私とお母さんのいつも見てるじゃん」


「家族のなんか興味ねぇよ」


「こら! 朝からお下品なこと言わないの!」


 背中合わせで目玉焼きを作っているお母さんに怒られた。


 あなたがた親が下品な洋画を見せて育てたからこうなったんでしょうが。


 お父さんは一人リビングのテーブルで週刊誌を片手に白いマグカップでホットコーヒーを飲んでいる。週刊誌のどんなページを開いているのか。親のそんなことをわざわざ詮索する気はない。チラッと見えた感じでは、どうも肌色の占める割合が多いページのようだ。


 今朝も通常通り7時半から朝練があるため7時に登校した。朝練に参加するなんてもういつ以来だか覚えていない。


「おはようございまーす」


「おはようさん」


 昇降口、守衛室の窓口に鎮座するアロハシャツ姿の警備員のおじさんに挨拶。茅ヶ崎では『アロハビズ』というアロハシャツ着用を正装とする取り組みがあり、夏には一部の店舗やコミュニティーバスの運転士などがアロハビズで働いている。


 登校したらまず、飲み物を買うため校舎内の自販機コーナーへ向かう。学校外の自販機より数十円安くてお得。


 人気ひとけのない静かな校舎、蛍光灯の点いていない薄暗いリノリウムの廊下。それでも朝だからか、これから始まる一日に備えて校舎全体がパワーを貯めている感じがする。


 早めに登校したのは二学期の終盤、クリスマス前以来。その日は朝練に参加せず、教室のデコレーションをした。


 教室前方の空きスペースに3メートルのクリスマスツリーを設置。もちろんライトだって休み時間はピッカピカ。正直ちょっと鬱陶しかった。他には折り紙を縦長に切って輪飾りを作り、リースも飾った。クラスみんなの共同作業だった。


 サンタクロースは来なかったけど、無断で教室を装飾した私たちに憤慨したザマス眼鏡の教頭が鼻も顔も真っ赤にしてトナカイの代わりになった。


 ああんもうあなたたち! ここはお家じゃなくて学校なのよ! お勉強をする場所なのっ! まったくもうこのクラスは勝手に焼肉パーティーしてスプリンクラー作動させるわゴキブリが出たからってネコを持ち込んで退治させるわもう本当にいい加減になさい!! ところで、あのネコちゃんは元気にしてるかしら?


 と湯気が出そうなほどプンスカしたさまは生涯忘れないだろう。


 他方、生徒と一緒になってツリーにパウダースノーのスプレーを噴射していたら28歳女の担任は減給処分になったけど、「あちゃー、これでしばらくラーメン全部載せ無理だ」とヘラヘラして反省の色はうかがえなかった。もちろん他のイベントにも積極的に関与している教育者の鏡。


 あんなのが増殖したらこの国は2分で滅びそうだけど、そのくらい肝が据わっていたほうがイジメ問題など由々しき事態には強そうだ。末筆ながら、彼女の今後の活躍を祈る。そして彼女が受け持つ最底辺クラスに、今年こそ振り分けられませんように。

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