36,無意識の腰振り
「はい
バレンタインデー翌日の朝練が始まる前、冬の乾いた風が吹く溜り場で、私は
翔馬とまどかちゃんは熱心にウォーミングアップを始め、自由電子くんは何度かあくびをした後にとぼとぼと二人に続いた。
他の男子はエアガンの話を、女子はきのう意中の相手にチョコを渡せたとか渡せなかったとか、あんなことやこんなことをしたなんて話で盛り上がっている。珍しく悪口大会ではない、比較的心地よい朝。
「なんだ沙希、バレンタインならきのうくれたじゃないか。余ったのか?」
「いやいや、私からじゃないんだな、これは」
「なら、誰のなんだ?」
「それは食べながら想像するんだ。その筋肉でできた重たいだけの脳ミソでな」
「確かに俺は
それは間接的に、武道はフルーツの香りがする夢のような女子である私をバカだと思っていると言っている。
おのれ脳筋。含みのある言いかたをしやがって。
しかしいまは不毛な言い争いをする場面ではない。本題に戻そう。
「そうか、まぁいい。それよりいまは、このチョコクッキーが誰からのものなのか、心を研ぎ澄ましてよーく考えよう」
赤いリボンで綴じられた小さな透明の袋。その中にはチョコでコーティングしたクッキーが10個入っている。
武道はリボンをほどき、チョコクッキーを一個口にほうった。
「うん、美味いな。たけのこのお菓子に近い、素朴でやさしい味だ」
「そうだろうそうだろう。料理には人柄が出るというものだ」
「人柄? 素朴で優しい人柄……。ま、まさか!」
「ククク、キサマ、どうやら勘付いたようだな。そう、合田くんのお家がわからないから渡しておいてほしいって、つぐみちゃんに頼まれたのさ。よろしくお伝えくださいと」
昨夜、陸の家にいるときにかかってきたつぐみちゃんからの電話。
合田くんにチョコを渡したいんだけど、住所がわからなくて……。
ということで、チョコクッキーを託しにこれから私の家に来てもいいかということだったのだけど、陸の家から帰るついでにつぐみちゃんの家に寄るよ、ということで、私が受け取りに行った。
「うお、うお、うおおおおおお!! 本当か!? それは本当なのか!?」
「嘘だったらどうする?」
「沙希の腹を握り潰す!!」
おっと危ない、私は華奢でか弱い乙女だから、全身筋肉の手にかかったらぺしゃんこだ。たぶんぽっちゃりさんでも潰される。細マッチョは筋肉をプッチンされちゃう。
「本当だよ。ホワイトデーはちゃんと返すんだよ、私づてでもいいから」
「おう! もちろんだ!」
朝っぱらから大喜びする武道が腰を振っているのは恐らく無意識だろうから、突っ込まないでおく。犬はこれをやるとあそこから液体が噴出するけど、どうか君は出さないでおくれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます