30,ミルクとサイダー
「あーさっぱりした!」
シャワーを浴び終えて廊下に出たとき、城崎さんと鉢合わせた。
髪はドライヤーで乾かしたであろうが、まだ艶々と、いわゆる風呂上がりの香りがする。
いい香りだ。甘くて爽やかで、とてもいい香りだ。
「沙希たち、そろそろ戻ってくるかな」
「さぁ」
「なんだよ素っ気ないなぁ」
「すみません」
僕の素っ気ない返事とそれに対する城崎さんのツッコミは、いつもの応酬だったりする。
ただ、シャワー上がりで二人きりというシチュエーションは、滅多にない。そう、滅多にない貴重な時間だ。
普段はほとんど陸上競技部員全員揃ってシャワーを浴びるし、きょうのような長距離メニューの際は、僕と白浜さんが取り残される。
故に白浜さんと二人きりになる場合は、ある。
白浜さんもとてもいい人だけれど、僕にとって彼女はよく面倒を見てくれるお姉さんで、彼女にとっての僕は手間のかかる後輩であろう。
僕は城崎さんを、白浜さんは鵠沼海岸学院の
それはきっと、互いに察していることだ。少なくとも僕は察している。
昇降口から校舎の外に出ると真冬の乾いた風が吹いていて、校舎は夕陽に照らされていた。
ガグガクガクガク……。
からだが小刻みに震える。城崎さんは平静を装っているが、顔が青ざめている。
こんなとき、互いに身を寄せて温められたらと、妄想に浸る。
「何か飲もうか」
誘ってきたのは城崎さんだった。震える僕を見かねたのか、自分がつらいのか。たぶんその両方だと思う。
校舎西側2階、階段前の自販機コーナーに来た。街頭に設置されている自販機と何ら変わりなく、缶やペットボトルを売る自販機とパック飲料の自販機がそれぞれ一台ずつ肩を並べている。
その左後方には音楽室があり、中では3年生の1クラス、50人ほどが卒業式の合唱練習をしている。
この湘南海岸学院では卒業ソングを生徒自らが作る。
曲は3年生の中でクリエイティブな才能がある人や、作詞、作曲の得意な人が数人集まって作るのだが、もしかしたら来年度は作詞作曲のできる城崎さんが選ばれるかもしれない。
「何飲む?」
財布の口を開きながら僕に問う城崎さん。
「えーと、じゃあ、スポーツミルクで」
僕が言うと、城崎さんは「オーケー」とパック飲料の自販機に小銭を投入し、スポーツミルクのボタンを押した。
人を選びそうな味だが、さっぱりした牛乳といった感じで個人的には気に入っている。プロテインやカルシウムがたっぷりで、運動後に飲むと良い。
「はい」
城崎さんは取り出し口からパックを取り出して、僕に差し出した。
「ありがとうございます」
「うん」
まさか、これがバレンタインチョコの代わり?
いや、それはないだろう。城崎さんはこうしてよくドリンクを奢ってくれる。白浜さんも、合田さんも。僕は良い先輩に恵まれた。
城崎さんは缶飲料の自販機に小銭を投入し、430ミリリットルのペットボトル入りサイダーを購入した。値段はスポーツミルクと同額の110円。
「あ、3年生の練習、終わったみたい」
音楽室内で帰り支度を始めた3年生たちに気付いた城崎さん。練習で渇いた喉を潤すため、まもなく彼らはここに押し寄せるだろう。
ここにいると邪魔になりそうなので、僕らは校庭の隅っこ、陸上競技部の溜まり場へ戻ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます