31,アーティストの街、茅ヶ崎
「来年度は城崎さんが作るんですか。卒業式の曲」
校庭の隅、通り沿いにコンクリートでがっしり覆った水道設備の上が陸上競技部の溜まり場。
それに腰を下ろし足をぶらぶら浮かせながら、僕はスポーツミルクをストローで吸い上げ、城崎さんはサイダーをぐびぐび飲む。
まだ白浜さんは戻っていないようだ。紅に染まる空と、くっきり黒い影の富士山。空を舞うはカモメでなく、2羽のカラス。彼女がどこかで倒れていないか、少し心配な時間。
「さぁ、どうだろう。音楽得意なヤツなんて茅ヶ崎じゃ万といる。本当にそのくらいはいると思う。沙希だってあんなちんちくりんだけど曲作り得意だし。自由電子くんも作詞作曲はできるでしょ?」
「はい、まぁ」
「こんな具合で、茅ヶ崎じゃ腕や才能に差はあれど、音楽が得意なヤツなんてゴロゴロいるんだ」
「加山雄三、サザンオールスターズ、Suchmos《サチモス》……」
僕は茅ヶ崎ゆかりの有名な音楽アーティストを挙げた。
「実はほかにもけっこういるんだよ。ていうか人口24万人のミドルな街でこんなに売れっ子が出てるのはすごいよ」
「それだけ強者揃いの街ということですか」
「あぁ、そうだよ。ま、でも私は私。卒業ソングを作るかはわかんないけど、音楽は愛していたいね」
僕は「うん」と首肯した。
好きなものをこの先も好きでいる。それはとても素晴らしいと僕は思う。
卒業ソングを作る人は必ずしも茅ヶ崎市民とは限らない。湘南海岸学院には神奈川県をはじめ、全国から生徒が集まる。全校生徒の半数近くは他県出身者。
ライバルは茅ヶ崎市民に留まらないが、そもそも才能はあっても曲作りを買って出る生徒は少ないそうで、希望すればその一員に加われる可能性は高いという。
更に言えば、単純に作詞作曲といっても得意なジャンルは人それぞれ。
ポップ、ロック、ヒップホップ、ラップ、電波ソング、演歌、合唱曲などなど、世の中には多種多様な音楽が存在する。
卒業ソングは多くの場合ポップか合唱曲に該当する。これを作れる人はエンターテイナーが多いこの学校でもごく少数ではなかろうか。
そのごく少数に該当する現2年生、つまり来年度卒業見込みの生徒は、僕の知る限り城崎さんと白浜さんのみ。
敢えてライバルを挙げるとすれば、文化祭での披露曲を自作する軽音楽部の面々。彼らは楽曲制作にとても長けている。
他には合唱部とブラスバンド部。その他ダークホースも。
しかしそもそも……。
「城崎さんは作りたいんですか、卒業ソング」
「まぁ、そう、かな?」
歯切れ良くない返答だが、彼女のことだからきっと内心はメラメラ燃えたぎっている。そんな気がする。
僕は「応援しています」とエールを送りたいのに、それを素直に吐き出す勇気が湧かない。
そもそも僕が応援したからといって城崎さんが喜ぶとも限らない。
両者とも同じ頃合いでドリンクを飲み干したとき、校庭の飛球防止ネットと校舎の間の通路に白浜さんの姿が見えた。
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