16,今年、茅ヶ崎と夢のような女子に何かが起こる!

 新しい年が始まった。年越しそばはもう食べ終えている!


「さあさあ始まりましたニューイヤー! あと7時間弱で今年最初のサンライズ。高校最後の一年は嫌が応でも変化せざるを得ません! 変化しなければ留年。でも留年ということは周りは年下ばかりでそれはつまり、停滞は現状悪化を招くということなのです! いいですか皆さん、停滞は衰退です! それをよく肝に銘じて、これからの一年を、五年、十年、二十年を進んでまいりましょう!」


 今年こそ、今年こそわたしは変わるぞ!


「うるせぇ除夜の鐘撞かねつきに行くんだろ早く出てけ」


 音楽番組が流れるリビング。テレビの横で演説したわたしを大層ウザそうに野次を飛ばす弟のさとる。お母さんは食器の片付け、お父さんは既に寝室に入っている。


「お前、寝耳に劇薬垂らされないように気をつけな」


「お前こそ夜道に気をつけろ不良女」


「言い出しっぺのまどかちゃんに伝えとくわ」


「おおおおお前、本当にやめろ! やめてください! スパイクで顔面ぶたれるだろ!?」


 クールなまどかちゃんは年下から見ると憧れの存在だったり、歩く恐怖だったりするようだ。実際に喧嘩早い性格で、曲がったことが大嫌い。


「大丈夫だって。まどかちゃんは優しいからそんなことしないよ、たぶん」


「たぶん!? たぶんってなんだよ!」


 実際にスパイクで顔面をぶったら傷害罪で逮捕される。まどかちゃんは善悪の分別がつく子だ。分別がつくからといって手を出さないとは限らないけど。


 そんな応酬をしている最中、LINEの着信があった。『明けましておめでとう』的なメッセージかと思いきや、『俺、陸。いま沙希のマンションの下にいるの』というふざけた内容だった。


 絵文字顔文字なしで『いま行く』とシンプルに返信。出かける準備は済ませていたのですぐに部屋を出て外階段を下りた。


「あーけおめー!」


「おう、あけおめ」


 年が明け、家族以外で最初に会った人が陸というのは、なんだか嬉しくて胸が小躍りした。幸先良いスタートだ。二人は並んで静かな夜の歩道を歩き始めた。これから行くお寺の鐘の音が聞こえる。


「テレビ何見てた?」


「紅白」


「うんうんスタンダードだね。誰が好き?」


「特に誰っていうのはないけど、いろんな音楽聴けるから」


「それな! 演歌とかなかなか聴かんし、いざ聴くと結構いい曲あるんだよね」


「そうなんだよ。こういう音楽もあるよなっていうのを感じられるし、年の瀬って感じもするからな」


「そうそうそれそれ! 年の瀬って感じだよ! あぁ、今年も大晦日が来たーって実感する!」


「だよな。沙希も紅白見てたのか」


「うん、基本紅白だけど、弟がケツ叩き見たがるから交互に見てた。ケツは録画してるんだけどね」


「同じ家庭で育った姉弟でも好みって分かれるんだな」


「そうだね、全然違うよ。弟はわたしみたいな夢のような存在じゃなくて、現実リアルを固めたつまらない男だよ」


 陸は一人っ子だから、きょうだいは未知の存在。


「お前みたいなのがわんさかいたら世界が壊れる」


「間違いない。変人はその他大勢の上で生きている」


 やっぱりわたしには、陸がいちばんしっくりくる。いっしょにいて、湧き出てくる言葉を選ばず流れるように発せられる。


 そんな会話をしているうちにすぐラチエン通りのコンビニ前に到着。店の前では既にまどかちゃんとつぐみちゃんが待っていた。


「あっけおめー!」


 わたし

が二人に手を振りながら元気よく挨拶すると、陸も「おっす」と声量を抑えて挨拶した。そっか、夜中だから近所迷惑だよね。


「あけおめ」


「おめでとう」


 わたしを含めみんな和服ではなく、カジュアルなコートを着ている。


「二人とも、年末は何してた?」


「私は‘えのすい’まで走ってきた」


 えのすい、新江ノ島水族館の略。ここから約6キロ。


「江ノ島まで行かなかったの?」


「えのすいから先は観光客が多過ぎて走れない」


「確かに。チャリで江ノ島行くとき歩くより遅い速度でバランス取るの大変だよ」


「押し歩きすれば?」


「うん、人にぶつかりそうな距離まで近付くとサドルに跨ったまま歩いてる。人の隙間をひょいひょい縫ってく人結構いるけど、危ないよね」


「うん、いるね。早く行きたい気持ちはわかるけど、やっちゃいけないよね」


「んだんだ。安全第一だ。そんで、つぐみちゃんは何してたの?」


「わたしは有明ありあけの戦場に……」


「ふむふむ、夏と冬の逆三角形か。取れ高は?」


 表情を曇らせたつぐみちゃんに、わたしは淡々と訊ねた。灼熱のお盆と極寒の年末、東京の臨海副都心、有明で開催される同人誌即売会。プロアマ問わず自作の漫画本などを手売りし、エッチな本もわっさわっさあるという。


 エッチな絵は決められた部分をモザイクなどど隠さないと退場処分になるらしい。灼熱の会場でもGスポット解禁ならず。


 来場者のほとんどはオタクで、それを後ろめたく思う人もいるかもしれない。だけどわたしたちにはオタクとかなんとかマニアなんてちゃちなことはどうでもいい。大事なのはハート、燃えたぎるスピリット! むしろわたしも夢中になれるものを見つけたい!


 あ、オタクといえば、陸上オタクの翔馬もそこそこ近所に住んでるのに誘ってないな。


 まぁいっか、アイツはプライベートではあまり人と関わりたがらない。いまごろ朝スタートのニューイヤー駅伝のテレビ中継を見るためにねんねしているだろう。


「うん、欲しいものは手に入ったよ」


「良かったじゃん! わたしも欲しいものは全て手に入れたいよ」


「沙希が欲しいもの全部手に入れたら資源が尽きるだろ」


 陸がいたずらに笑いながら言った。


「そんなことないさ」


 だって、いまのわたしは陸さえ手に入れば満足だから。


「で、沙希は何してたの?」


 まどかちゃんに問われた。


「わたしは大掃除だよ。ガラスクリーナーの香りに年末を感じた」


「そっか。ふぅん」


「でさ、翔馬は誘わなかったの?」


「うん」


「承知」


 気になったのでまどかちゃんに訊いてみた。解答は予想通りだった。


 コンビニでわたしはペットボトルの温かいロイヤルミルクティーと肉まんを購入。陸も同じ。


 まどかちゃんはピザまんとレジで売っている本格コーヒーのホット。砂糖なし、ミルク入り。


 つぐみちゃんはあんまんとペットボトルの温かい緑茶。


 鐘撞きに行く人が多いからか、夜中の割にコンビニは客が多く、子連れもいた。何年か前のわたしも親に連れられている子どもだったと思うと、時の流れを感じる。


 でもわたしはまだまだ若い! ラチエン通りのドラッグストアが昔はスーパーだったとか、茅ケ崎駅前のツインウェーブが出来る前は大きな踏切があったとか、大人から聞くまで知らなかったことも多い!


 コンビニを出たわたしたちはそのままラチエン通りを北上、東海道線の異人館いじんかん踏切を渡り突き当たった国道1号線を左へ。ゴルフ用品店とピザのチェーン店が向かい合う丁字路の横断歩道を渡り、坂を下る途中の左手に伸びる脇道に入れば目的地の海前寺かいぜんじに到着。ここまで少しゆっくり歩いて30分。


 ファミレスの脇から秋上あきがみ踏切経由の裏道を辿るとより早いけど、怖いので人通りのあるルートを選んだ。


 小さなお寺の境内の真ん中でパチパチ燃え上がる焚き火と、舞い上がる火の粉。グオオオン、オンオンオンとまた1回、鐘が撞かれて新たな年のまだ明けぬ夜に響き渡る。長い余韻が心の奥底まで染み入って、神聖な気分になる。海前寺では鐘撞きの回数を決めていないようだ。わたしの煩悩は百八では済まないからちょうどいい。


 除夜の鐘は小学生のとき家族揃って来たきりで、帰り際、近くのタバコ屋さんに設置している自販機で缶のロイヤルミルクティーを買ってもらうのが通例だった。


 焚き火のそばに形成された列に並んで鐘撞きの順番を待つ。やはり家族連れが多い。四人それぞれの家庭で見ていたテレビ番組や、湘南海岸と鵠沼海岸両校の話をして、話題が尽き四人は沈黙した。馴染みの仲だから気まずくはない。


「焚き火の大きさって、風に吹かれても消えず、消火するときに使う水の量も水不足になるほどでもない、ちょうどいい大きさだよね」


 焚き火から拡散する熱風を浴び、ふと思ったことをわたしは言った。


「言われてみればそうだね。まるで人間を中心に世界が創られたみたい」


「人間が当たるのにちょうどいい大きさに、人間が調整してつくったんだろ」


「ああ、そっか」


 まどかちゃん、陸、つぐみちゃんの順で会話のキャッチボール。


 こんな一風変わった話ができるのも、この仲間ならでは。やっぱりわたしにはこの面子が居心地良い。


「こういうとき、自由電子くんがいるといいのに、まどかちゃん、誘わなかったの?」


 自由電子くんも東海岸在住。彼は地球の仕組みとか、神秘的なことに詳しそう。


「だ、だって、先輩に囲まれたら気ぃ遣っちゃうと思って」


「陸とかつぐみちゃんにはそうかもしんないけど、このわたしに気を遣う要素がどこにあるのさ」


 と言っている途中、わたしは気付いた。まどかちゃんはもごもごして頬を赤らめていると。


「だ、だから、陸とつぐみちゃんには気を遣うじゃん?」


「俺は構わないけどな。部活でも上下関係なんてほぼ無いようなもんだし」


「そうだね。運動部とは思えないくらいフラットで、種差くんは本当にいい部長さんだと思う。でもやっぱりよく知らない人だと、わたしは緊張しちゃうなぁ」


「それもそうか。じゃあこれから少しずつ、俺らも仲良くなってくか」


「うん、それがいいと思う」


 ようやく鐘撞きの順番が来た。わたしたちの後ろにもずらりと人が並んでいるので、四人一緒に撞いた。


 ゴオオオオンウオンウオンウオン。


 鐘を撞くとき、私たちは後ろに並んでいる人たちに少なからず注目される。


 大人たちはバカなガキ共が神聖な場所に遊びに来て面白半分で鐘撞いてるんだろうとか思ってんのかな。


 遊びに来たつもりはないけど、面白半分ではある。


 鐘撞が終わったら次はお賽銭。四人同時にコインを投げた。わたしは五円玉。


 どうも神様仏様、お久しぶりです白浜沙希です。お堂の奥に居られるのでしょうか。これまで無事に生きられたこと、大変感謝しております。


 あなたと会わぬ間、わたしはフルーティードリーミングガールへと成長を遂げました。今後もどんどん夢のような女子力を上げて参る所存ですので、どうか優しい御心みこころで見守り賜りますようお願い申し上げます。


「よーしお祈り完了!」


 目を開けると両サイドには誰もおらず、三人は焚火に当たっていたのでわたしは後ろに並んでいた人に「すみません」と詫び、焚火へ駆け寄った。飛んで火に入る冬の沙希。


「沙希、長かったね。何をお祈りしてたの?」


「次の神様のポストはぜひわたしにと」


「お前罰当たるぞ」


「何を言う。わたしは既に神の使いだ」


「寺にいるのは仏様だけどな」


「うっ……。まぁ、神様は常に私たちを見てるから」


「あぁ、そうだな」


 これ以上の応酬は不毛と思ったのか、陸の口調は哀れみと諦めを織り交ぜているよう。


「ふふ、沙希ちゃんらしいね」


「でしょ? つぐみちゃんわかってる!」


 その後、わたしたちは旅行のため家族不在のまどかちゃんの家で雑魚寝し、初日の出を見に行った。


 今年も快晴で、昨年と同じく十人ほどのサーファーが沖合で手を繋ぎ、バンザイをしてご来光を迎えた。


 陽が昇ると続々と帰る人が多い中、わたしたち四人は何を言わずともしばらくその場を離れず、7時過ぎの最も幻想的な刹那のきらめきを浴びた。


「みんなわかってるね。さすが夢のような女子のベストフレンズ」


「だって、これこそ夢のような時間じゃん」


「間違いねぇ」


「茅ヶ崎に育って良かったって思うよね」


「うんうんそれな! やっぱつぐみちゃん冴えてる! 茅ヶ崎には何か特別な力があるよ!」


「へへへ、ありがとう。茅ヶ崎、芸能人とか宇宙飛行士とかいっぱいいるし、街の雰囲気もお洒落でパワーを感じるよね」


 つぐみちゃんの無垢な笑顔、武道に見せてあげたかった。でも萩園はぎぞのからは遠いなぁ、10キロくらいある。


「んだんだ、そうだべした」


「それは東北訛りでしょうが」


「まどかちゃんナイスツッコミ!」


 今年はもしや本当に、ワンチャンありそうな予感!


 今年、茅ヶ崎と夢のような女子に何かが起こる! かも!

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