7,私の周りにいる男子、けっこう粒ぞろいじゃん!
ぞろぞろぞろぞろ、朝の通勤時間帯。わたしたち湘南海岸学院の陸上競技部員も通勤客に混じって電車に乗り込んだ。4ドア15両編成の、ステンレスに黄緑とオレンジの帯を纏った電車。
乗るとすぐ、東海道線上り5番線の発車メロディー『希望の轍』のイントロが流れた。茅ケ崎駅から電車で
なお『茅ケ崎駅』と『茅ヶ崎市』。ケの字が大小異なるのは市民の間でもあまり知られていない。
スウウウンと、レールと車輪の摩擦音を発しながら、電車は発車した。
『次は、
自動放送が流れた。音ごもりがなくハッキリ聞き取りやすい女性の声。
茅ケ崎駅7時1分発の
通勤時間帯の真っ只中で運転間隔の詰まった電車は、原チャリでも追い抜けそうなくらいゆっくり走っている。駅を出て最初の小さな踏切に差しかかったとき、
きょうは12月27日。もう仕事納めをした職場や冬休み中の学校が多いからか、電車はいつもより空いていた。とはいえロングシートの座席は全て埋まっていて、立っている人が十数人いる。普段、この倍くらいは立っている。
先頭車両同士が連結していて三方が壁になっているスペースに私とまどかちゃんは背を預け、スポーツバッグを前に抱えていた。
背後にはガラス越しに広々とした運転台があり、電車を操縦するためのハンドルやモニター、計器類が搭載されている。その向こうに後ろの車両のフロントガラスが見えて、車両が左右に揺れているのがわかる。
ここは車両全体を俯瞰できる位置。6割くらいがスマホを操作、3割くらいが頭を垂れるか窓や化粧板に頭を押し付け瞼を閉じている。残りの1割は読書していたり、じっと立っているか座っている。
電車は人の物語を詰め込んだ箱。この車両に乗り合わせている人のほとんどは心に余裕がなく、何かに追われ、生きづらい日々を凌ぐのに精一杯に見える。
画面を引っ張るようになぞったり、指でリズミカルに叩いている人はゲーム、画面下部でひたすら指を躍らせている人は長文メールや原稿の入力だろうか。
この人たち、学生時代はどう過ごしたのだろう。
この中に、自身が面白いと思える人生を送っている人はいるのかな。
電車内でもサングラスを掛けているセンコーはわたしたちの目の前にいて、手錠を嵌められたポーズで一つの吊り革を両手で掴み、ドア上の電光表示器にスクロールされる文字を目で追っている。いっそ本物の手錠でも嵌められればいい。
腹黒女子部員たちは車両の一番奥、トイレ横のドアの前でひそひそ盛り上がっている。なんか怪しい。
「おい、リュックは背負わないで棚に載せるか手で持ってろ」
車両の中央部、武道のいる男子グループに部長らしく注意した翔馬。スーツ姿のおじさんたちが座る席の前でトーク中(トーンは普通だけど静かな車内では声がよく響いて迷惑だと思う)の彼らは、つまらなそうにリュックを棚に載せた。武道だけは最初から載せていて、心ここに在らずとぼんやりしている。これから想い人、つぐみちゃんに会う緊張感と彼女に対する日頃の恋煩いからくるものだろう。
いいな、恋。
でも、誰を好きになれっていうの?
翔馬に注意された男子どもはガキ過ぎて論外。
ほかに1年生の男子部員が一人いる。どのグループにも属さず大人しい、しかしほとんどみんなと分け隔てなく接せる子。霞がかった白いオーラを放ち、知的で洗練され神々しい。
そんな彼の入部動機は、有事の際に逃げ切るため体力をつけたいかららしい。災害、事故、狂気などなど、世の中は危険がいっぱいだから十二分に納得できる。専門種目は短距離で、フォームやスターティングブロックの使い方などは主にわたしが教えている。
分け隔てなさから『自由電子』と呼ばれる彼はひとり山側のドア脇、着席中の人が鬱陶しくないようにパーテーションから少し身を離して立ち、わたしたちに背を向け車窓を眺めている。
山側のドアはわたしたちがこの電車を降りる大船駅まで開かず乗降妨害にならないほか、途中駅から座りたくて座席の前に立っている人にも迷惑をかけない。
通勤時間帯の電車は同じ人が決まった位置に乗っていることが多く、あそこに座っている人は近くの駅で降りるからと、その席の前に立つ人が多い。
彼がしていることは公共の場では当たり前の配慮だけど、それができない人の多いこの世の中では、際立って高尚に見える。
並行する貨物列車と特急列車用の線路を隔て臨むはテニスコート、小さな畑、住宅地。普段と変わらない車窓。少しばかり紅が残る北東の白んだ朝空に、彼は何を感じているのかな。
大船駅でステンレスに青とクリーム色の帯を纏った
競技場に着くとまずテントを張る。分担して柱を組み、
「あ、木槌はね、柄の下のほうを持ってスナップを効かせるとラクで早く打ち込めるんだよ」
自由電子くんが柄の中央を持って懸命に打ち込んでいたので、隣で別の杭を打っていたわたしが手本を見せた。柄の下のほうを持っての打ち込みは、慣れないうちは狙いが定まらず指を打撃しそうな気がして怖いんだよね。
「こう、ですか?」
自由電子くんは狙いを定めつつわたしが言った通りに木槌を振り、一発打ち込んで恐る恐る確認してきた。
「そうそう! 上手だね、この調子!」
「ありがとうございます」
「うん!」
ふふっと、微笑みかけ、わたしは自分の杭打ちの続きを始めた。
ふわっとした雰囲気で一見頼りなさそうだけど、彼はいわゆる男らしさとは違う、高潔な意思や思想を持った肝の据わり方をしている。目を見てそう思った。
彼をもっとよく知りたい。
そう思ったけど、深く知ると自分が呑み込まれてしまいそうで怖い。
犯罪のニオイとか暴力的な類ではなく、その白百合のような高貴さに、わたしは接近を許されない、そんな感じがする。
わたしの心情を察したのか、一足早く杭打ちを終えたまどかちゃんがフリーズした私を無言で見つめていた。
「まどかちゃん、いつも早いね」
「家で日曜大工やってるからね」
「カッコイイ、イケメン!」
「イケメンって言われても嬉しくないし。この応酬何度目だよ」
そう言って頬を膨らませるまどかちゃんは、案外満更でもなさそう。
「知らん。カッコかわいい!」
「かわいいとは思ってないだろ」
「うん、まぁ、キレイ系だよね」
「そ、そう……」
ふふふふふ、照れてる照れてる。頬が紅潮して、これはかわいいぞ。
「おはようございまーす!」
わたしたちの隣の区画にテントを張る学校が到着した。こちらも努めて元気に挨拶を返した。
「おっ、
湘南海岸学院。わたしたちが通う学校。
「おっはよー! そういう君たちは
鵠沼海岸学院。藤沢市にあるつぐみちゃんの所属している学校。
いまわたしと会話しているのは小中学校の同級生で、中学では同じく陸上競技部にいた長距離選手の
中学初頭から既に長距離走が得意だった翔馬をライバル視していて、当時そんなに速くなかった陸は努力重ね、いつしかタイムを競い合えるようになっていた。
そんな彼を、わたしは純粋にかっこいいと思う。しかも気取らない性格だから会話しやすい。
あれ? わたしの周りにいる男子、陸、翔馬、自由電子くん、結構粒揃いじゃん……!
近くにいると気づかないってやつだ。
「おはよう、沙希ちゃん、まどかちゃん!」
陸の背後にいた一人の女の子がひょっこり顔を出して、まばゆい挨拶をしてきた。
「お、おはよう……!」
「おはよう。沙希、なにキョドッてんだ」
陸が訝しげに私を見ている。
「だ、だって、つぐみちゃんかわいいんだもん!」
わああ、つぐみちゃんはきょうもかわいいなぁ。穢れた私やまどかちゃんと同じ茅ヶ崎東海岸育ちとは思えない芋っ子感とすべすべの白い肌! 武道が惚れるのも納得だわ。
「えっ、えっえっ、こういうとき、なんて言えばいいのかな?」
動揺するつぐみちゃん。
「何も言わなくていい。素直に愛でられていればいいのだっ」
ギュッ! つぐみちゃんに抱きついて頬擦り。うおう、すべすべもちもちほっぺだ。
さて、どのタイミングで武道とコンタクトを取らせようか。
こうしてもぎゅもぎゅしている間にも我欲に溺れるだけでなく、ちゃんと仲間を想っているわたしはやっぱりスペシャリストだ。夢のような女子、白浜沙希、武道の恋を叶えるためにレッツアクション!
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